永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる(オリジナルバージョン)

鷹 綾

文字の大きさ
4 / 25

第1章 セクション4 『雷、落つ』

しおりを挟む
第1章 セクション4 『雷、落つ』

 王城リュシアンの朝は、いつにも増して重苦しい空気に包まれていた。
 まだ謁見の間の扉は固く閉ざされているにもかかわらず、城内のあちこちでは重臣たちが集まり、声を潜めて不穏な噂話を交わしている。

——どうやら、王太子がとんでもない失態をやらかしたらしい。

 噂の中心にいるのは、言うまでもなくジルベール・アド・ロワイヤル王太子。
 そして現聖女アルシア・セレスタ。
 さらに、婚約破棄を“受けた側”であるはずの、イソファガス公爵家令嬢キクコ・イソファガスの名も挙がっていた。

 だが、その張本人であるキクコはというと、すでに王城の奥深く、人気のない回廊の陰で、悠然と紅茶を口にしながら成り行きを見守っていた。

(さて……坊や。どんな“お灸”を据えてくれるのかしら)

 その瑠璃色の瞳には、どこか母親が悪戯をした子供の説教を待つような、穏やかさ——
 いや、ほんの少しだけ意地の悪い光が宿っている。

 やがて、謁見の間の重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。

 ステンドグラスを透かした朝日が差し込む中、王の玉座の前に立たされたのは、王太子ジルベールと聖女アルシアであった。
 二人とも神妙な面持ちではあるものの、その背筋には緊張以上に、まだ拭いきれない驕りの気配が残っている。

 玉座に座る国王ロワイヤルは、その様子を見下ろし、深いため息を吐いてから口を開いた。

「ジルベール。貴様に問う。昨日、謁見の間で起きた一件——すべて、その通りか?」

 王太子は一瞬だけ視線を伏せたものの、すぐに顔を上げ、あくまで堂々とした態度を装って答える。
 その口元には、どこか不遜な笑みすら浮かんでいた。

「はい、父上。確かに私は、イソファガス家の令嬢との婚約を破棄し、聖女アルシアとの婚約を改めて表明しました」

「理由は何だ」

「……正直に申し上げますと、あの令嬢は、あまりにも幼く見えました。
 公爵家の出とはいえ、婚姻とは生涯を共にするもの。私の趣味には合いません」

 ロワイヤルは、静かに目を細める。

「……幼い、と?」

「ええ。見た目は十歳そこそこにしか見えず、とても未来の王妃として相応しいとは思えませんでした。
 第一、政略結婚とはいえ、多少の情も——」

「黙れ」

 低く、しかし確実に怒気を孕んだ一言が、謁見の間に落ちた。
 ジルベールは何が起きたのか理解できず、言葉を失ったまま、きょとんと口を閉じる。

「ジルベール。お前は、イソファガス家がどのような家であるか、本当に理解しているのか?」

「……ただの、古い名門家門では?」

「——バカモノが!」

 玉座から放たれた怒声が、謁見の間に響き渡る。
 重臣たちは一斉に顔を伏せ、息を潜めた。

「イソファガス家は、三百年前に我が王家より分家し、代々この国を支えてきた柱石の名家だ。
 貴様が侮辱した“令嬢”は、その直系にして、我が王家に最も近しい血筋の一人なのだ」

 ジルベールの目が見開かれる。
 まさに寝耳に水、といった表情だった。

「そ……そんな……まさか、あの小娘が……?」

「無知とは、これほど恐ろしいものか」

 ロワイヤルは冷たく言い放つ。

「お前が侮辱したのは、王族に最も近しい存在であり、今なお伝説として語り継がれる——“聖女キクコ”本人だ」

「……なっ!?」

 ようやく事態の重大さを悟ったのか、王太子の顔から血の気が引いた。

「キクコ・イソファガス様は、三百年前より我が国を幾度となく災厄から救ってきた方だ。
 お前のような小僧が、軽々しく侮辱してよい存在ではない」

 そして、王は厳かに告げる。

「よって、ジルベール・アド・ロワイヤル。
 貴様は王太子の地位を一時凍結とし、城内にて謹慎を命じる。
 正式な処分は、追って発表する」

「ちょ、父上! それは、さすがに——!」

「異議は認めぬ」

 その一言で、すべては決した。
 ジルベールはその場に膝をつき、震えながら項垂れる。

 続いて、王の視線がもう一人へと向けられた。

「アルシア・セレスタ」

「……はい、陛下」

「貴女は聖女として国民の信頼を集める立場にある。
 昨日の茶会において、王太子の不敬を黙認し、加担した責任は重い」

「……申し訳ありません」

「貴女にも謹慎を命じる。
 これは罰ではなく、国の秩序を守るための処置だ」

 アルシアは静かに頭を下げ、その命を受け入れた。

 その一連の裁きを、回廊の陰から見届けていたキクコは、ふっと小さく息を吐き、扇子を閉じた。

(……ま、こんなところかしら)

 心の中でそう呟く。

(あとは反省して、少しはまともな王族になってくれればいいけど……)

 それでも彼女の表情は、どこか楽しげだった。
 演技も、策も、所詮は茶番。
 だが、その茶番によって人の心が動き、国の未来がほんの少しでも良くなるなら、それでいい。

(ロワイヤル坊や……ちゃんと“お灸”を据えてくれたわね。ありがとう)

 キクコは静かに踵を返し、王城を後にした。

 永遠の十七歳。
 その小さな背中に吹く朝の風は、どこか誇らしく、そしてほんのわずかに、寂しさを帯びていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

さよなら王子、古い聖女は去るものなのです

唯崎りいち
恋愛
元聖女の私は、自分が無能だと思い、有能な新しい聖女に任せるために王都を去ることを選んだ。しかし幼なじみの王子は、私を追いかけてくる。王子の真剣な想いと、自分の無自覚な力が国や人々に影響を与えていることに気づき、私は王都へ戻る決意をする。こうして二人は互いの気持ちを確かめ合い、結ばれる――自己評価の低い少女が本当の価値と愛に気づく、ハッピーラブファンタジー。

義妹に苛められているらしいのですが・・・

天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。 その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。 彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。 それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。 儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。 そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

処理中です...