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第1章 セクション4 『雷、落つ』
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第1章 セクション4 『雷、落つ』
王城リュシアンの朝は、いつにも増して重苦しい空気に包まれていた。
まだ謁見の間の扉は固く閉ざされているにもかかわらず、城内のあちこちでは重臣たちが集まり、声を潜めて不穏な噂話を交わしている。
——どうやら、王太子がとんでもない失態をやらかしたらしい。
噂の中心にいるのは、言うまでもなくジルベール・アド・ロワイヤル王太子。
そして現聖女アルシア・セレスタ。
さらに、婚約破棄を“受けた側”であるはずの、イソファガス公爵家令嬢キクコ・イソファガスの名も挙がっていた。
だが、その張本人であるキクコはというと、すでに王城の奥深く、人気のない回廊の陰で、悠然と紅茶を口にしながら成り行きを見守っていた。
(さて……坊や。どんな“お灸”を据えてくれるのかしら)
その瑠璃色の瞳には、どこか母親が悪戯をした子供の説教を待つような、穏やかさ——
いや、ほんの少しだけ意地の悪い光が宿っている。
やがて、謁見の間の重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。
ステンドグラスを透かした朝日が差し込む中、王の玉座の前に立たされたのは、王太子ジルベールと聖女アルシアであった。
二人とも神妙な面持ちではあるものの、その背筋には緊張以上に、まだ拭いきれない驕りの気配が残っている。
玉座に座る国王ロワイヤルは、その様子を見下ろし、深いため息を吐いてから口を開いた。
「ジルベール。貴様に問う。昨日、謁見の間で起きた一件——すべて、その通りか?」
王太子は一瞬だけ視線を伏せたものの、すぐに顔を上げ、あくまで堂々とした態度を装って答える。
その口元には、どこか不遜な笑みすら浮かんでいた。
「はい、父上。確かに私は、イソファガス家の令嬢との婚約を破棄し、聖女アルシアとの婚約を改めて表明しました」
「理由は何だ」
「……正直に申し上げますと、あの令嬢は、あまりにも幼く見えました。
公爵家の出とはいえ、婚姻とは生涯を共にするもの。私の趣味には合いません」
ロワイヤルは、静かに目を細める。
「……幼い、と?」
「ええ。見た目は十歳そこそこにしか見えず、とても未来の王妃として相応しいとは思えませんでした。
第一、政略結婚とはいえ、多少の情も——」
「黙れ」
低く、しかし確実に怒気を孕んだ一言が、謁見の間に落ちた。
ジルベールは何が起きたのか理解できず、言葉を失ったまま、きょとんと口を閉じる。
「ジルベール。お前は、イソファガス家がどのような家であるか、本当に理解しているのか?」
「……ただの、古い名門家門では?」
「——バカモノが!」
玉座から放たれた怒声が、謁見の間に響き渡る。
重臣たちは一斉に顔を伏せ、息を潜めた。
「イソファガス家は、三百年前に我が王家より分家し、代々この国を支えてきた柱石の名家だ。
貴様が侮辱した“令嬢”は、その直系にして、我が王家に最も近しい血筋の一人なのだ」
ジルベールの目が見開かれる。
まさに寝耳に水、といった表情だった。
「そ……そんな……まさか、あの小娘が……?」
「無知とは、これほど恐ろしいものか」
ロワイヤルは冷たく言い放つ。
「お前が侮辱したのは、王族に最も近しい存在であり、今なお伝説として語り継がれる——“聖女キクコ”本人だ」
「……なっ!?」
ようやく事態の重大さを悟ったのか、王太子の顔から血の気が引いた。
「キクコ・イソファガス様は、三百年前より我が国を幾度となく災厄から救ってきた方だ。
お前のような小僧が、軽々しく侮辱してよい存在ではない」
そして、王は厳かに告げる。
「よって、ジルベール・アド・ロワイヤル。
貴様は王太子の地位を一時凍結とし、城内にて謹慎を命じる。
正式な処分は、追って発表する」
「ちょ、父上! それは、さすがに——!」
「異議は認めぬ」
その一言で、すべては決した。
ジルベールはその場に膝をつき、震えながら項垂れる。
続いて、王の視線がもう一人へと向けられた。
「アルシア・セレスタ」
「……はい、陛下」
「貴女は聖女として国民の信頼を集める立場にある。
昨日の茶会において、王太子の不敬を黙認し、加担した責任は重い」
「……申し訳ありません」
「貴女にも謹慎を命じる。
これは罰ではなく、国の秩序を守るための処置だ」
アルシアは静かに頭を下げ、その命を受け入れた。
その一連の裁きを、回廊の陰から見届けていたキクコは、ふっと小さく息を吐き、扇子を閉じた。
(……ま、こんなところかしら)
心の中でそう呟く。
(あとは反省して、少しはまともな王族になってくれればいいけど……)
それでも彼女の表情は、どこか楽しげだった。
演技も、策も、所詮は茶番。
だが、その茶番によって人の心が動き、国の未来がほんの少しでも良くなるなら、それでいい。
(ロワイヤル坊や……ちゃんと“お灸”を据えてくれたわね。ありがとう)
キクコは静かに踵を返し、王城を後にした。
永遠の十七歳。
その小さな背中に吹く朝の風は、どこか誇らしく、そしてほんのわずかに、寂しさを帯びていた。
王城リュシアンの朝は、いつにも増して重苦しい空気に包まれていた。
まだ謁見の間の扉は固く閉ざされているにもかかわらず、城内のあちこちでは重臣たちが集まり、声を潜めて不穏な噂話を交わしている。
——どうやら、王太子がとんでもない失態をやらかしたらしい。
噂の中心にいるのは、言うまでもなくジルベール・アド・ロワイヤル王太子。
そして現聖女アルシア・セレスタ。
さらに、婚約破棄を“受けた側”であるはずの、イソファガス公爵家令嬢キクコ・イソファガスの名も挙がっていた。
だが、その張本人であるキクコはというと、すでに王城の奥深く、人気のない回廊の陰で、悠然と紅茶を口にしながら成り行きを見守っていた。
(さて……坊や。どんな“お灸”を据えてくれるのかしら)
その瑠璃色の瞳には、どこか母親が悪戯をした子供の説教を待つような、穏やかさ——
いや、ほんの少しだけ意地の悪い光が宿っている。
やがて、謁見の間の重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。
ステンドグラスを透かした朝日が差し込む中、王の玉座の前に立たされたのは、王太子ジルベールと聖女アルシアであった。
二人とも神妙な面持ちではあるものの、その背筋には緊張以上に、まだ拭いきれない驕りの気配が残っている。
玉座に座る国王ロワイヤルは、その様子を見下ろし、深いため息を吐いてから口を開いた。
「ジルベール。貴様に問う。昨日、謁見の間で起きた一件——すべて、その通りか?」
王太子は一瞬だけ視線を伏せたものの、すぐに顔を上げ、あくまで堂々とした態度を装って答える。
その口元には、どこか不遜な笑みすら浮かんでいた。
「はい、父上。確かに私は、イソファガス家の令嬢との婚約を破棄し、聖女アルシアとの婚約を改めて表明しました」
「理由は何だ」
「……正直に申し上げますと、あの令嬢は、あまりにも幼く見えました。
公爵家の出とはいえ、婚姻とは生涯を共にするもの。私の趣味には合いません」
ロワイヤルは、静かに目を細める。
「……幼い、と?」
「ええ。見た目は十歳そこそこにしか見えず、とても未来の王妃として相応しいとは思えませんでした。
第一、政略結婚とはいえ、多少の情も——」
「黙れ」
低く、しかし確実に怒気を孕んだ一言が、謁見の間に落ちた。
ジルベールは何が起きたのか理解できず、言葉を失ったまま、きょとんと口を閉じる。
「ジルベール。お前は、イソファガス家がどのような家であるか、本当に理解しているのか?」
「……ただの、古い名門家門では?」
「——バカモノが!」
玉座から放たれた怒声が、謁見の間に響き渡る。
重臣たちは一斉に顔を伏せ、息を潜めた。
「イソファガス家は、三百年前に我が王家より分家し、代々この国を支えてきた柱石の名家だ。
貴様が侮辱した“令嬢”は、その直系にして、我が王家に最も近しい血筋の一人なのだ」
ジルベールの目が見開かれる。
まさに寝耳に水、といった表情だった。
「そ……そんな……まさか、あの小娘が……?」
「無知とは、これほど恐ろしいものか」
ロワイヤルは冷たく言い放つ。
「お前が侮辱したのは、王族に最も近しい存在であり、今なお伝説として語り継がれる——“聖女キクコ”本人だ」
「……なっ!?」
ようやく事態の重大さを悟ったのか、王太子の顔から血の気が引いた。
「キクコ・イソファガス様は、三百年前より我が国を幾度となく災厄から救ってきた方だ。
お前のような小僧が、軽々しく侮辱してよい存在ではない」
そして、王は厳かに告げる。
「よって、ジルベール・アド・ロワイヤル。
貴様は王太子の地位を一時凍結とし、城内にて謹慎を命じる。
正式な処分は、追って発表する」
「ちょ、父上! それは、さすがに——!」
「異議は認めぬ」
その一言で、すべては決した。
ジルベールはその場に膝をつき、震えながら項垂れる。
続いて、王の視線がもう一人へと向けられた。
「アルシア・セレスタ」
「……はい、陛下」
「貴女は聖女として国民の信頼を集める立場にある。
昨日の茶会において、王太子の不敬を黙認し、加担した責任は重い」
「……申し訳ありません」
「貴女にも謹慎を命じる。
これは罰ではなく、国の秩序を守るための処置だ」
アルシアは静かに頭を下げ、その命を受け入れた。
その一連の裁きを、回廊の陰から見届けていたキクコは、ふっと小さく息を吐き、扇子を閉じた。
(……ま、こんなところかしら)
心の中でそう呟く。
(あとは反省して、少しはまともな王族になってくれればいいけど……)
それでも彼女の表情は、どこか楽しげだった。
演技も、策も、所詮は茶番。
だが、その茶番によって人の心が動き、国の未来がほんの少しでも良くなるなら、それでいい。
(ロワイヤル坊や……ちゃんと“お灸”を据えてくれたわね。ありがとう)
キクコは静かに踵を返し、王城を後にした。
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