永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる(オリジナルバージョン)

鷹 綾

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第1章 セクション4 『雷、落つ』

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第1章 セクション4 『雷、落つ』

 王城リュシアンの朝は、いつにも増して重苦しい空気に包まれていた。
 まだ謁見の間の扉は固く閉ざされているにもかかわらず、城内のあちこちでは重臣たちが集まり、声を潜めて不穏な噂話を交わしている。

——どうやら、王太子がとんでもない失態をやらかしたらしい。

 噂の中心にいるのは、言うまでもなくジルベール・アド・ロワイヤル王太子。
 そして現聖女アルシア・セレスタ。
 さらに、婚約破棄を“受けた側”であるはずの、イソファガス公爵家令嬢キクコ・イソファガスの名も挙がっていた。

 だが、その張本人であるキクコはというと、すでに王城の奥深く、人気のない回廊の陰で、悠然と紅茶を口にしながら成り行きを見守っていた。

(さて……坊や。どんな“お灸”を据えてくれるのかしら)

 その瑠璃色の瞳には、どこか母親が悪戯をした子供の説教を待つような、穏やかさ——
 いや、ほんの少しだけ意地の悪い光が宿っている。

 やがて、謁見の間の重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。

 ステンドグラスを透かした朝日が差し込む中、王の玉座の前に立たされたのは、王太子ジルベールと聖女アルシアであった。
 二人とも神妙な面持ちではあるものの、その背筋には緊張以上に、まだ拭いきれない驕りの気配が残っている。

 玉座に座る国王ロワイヤルは、その様子を見下ろし、深いため息を吐いてから口を開いた。

「ジルベール。貴様に問う。昨日、謁見の間で起きた一件——すべて、その通りか?」

 王太子は一瞬だけ視線を伏せたものの、すぐに顔を上げ、あくまで堂々とした態度を装って答える。
 その口元には、どこか不遜な笑みすら浮かんでいた。

「はい、父上。確かに私は、イソファガス家の令嬢との婚約を破棄し、聖女アルシアとの婚約を改めて表明しました」

「理由は何だ」

「……正直に申し上げますと、あの令嬢は、あまりにも幼く見えました。
 公爵家の出とはいえ、婚姻とは生涯を共にするもの。私の趣味には合いません」

 ロワイヤルは、静かに目を細める。

「……幼い、と?」

「ええ。見た目は十歳そこそこにしか見えず、とても未来の王妃として相応しいとは思えませんでした。
 第一、政略結婚とはいえ、多少の情も——」

「黙れ」

 低く、しかし確実に怒気を孕んだ一言が、謁見の間に落ちた。
 ジルベールは何が起きたのか理解できず、言葉を失ったまま、きょとんと口を閉じる。

「ジルベール。お前は、イソファガス家がどのような家であるか、本当に理解しているのか?」

「……ただの、古い名門家門では?」

「——バカモノが!」

 玉座から放たれた怒声が、謁見の間に響き渡る。
 重臣たちは一斉に顔を伏せ、息を潜めた。

「イソファガス家は、三百年前に我が王家より分家し、代々この国を支えてきた柱石の名家だ。
 貴様が侮辱した“令嬢”は、その直系にして、我が王家に最も近しい血筋の一人なのだ」

 ジルベールの目が見開かれる。
 まさに寝耳に水、といった表情だった。

「そ……そんな……まさか、あの小娘が……?」

「無知とは、これほど恐ろしいものか」

 ロワイヤルは冷たく言い放つ。

「お前が侮辱したのは、王族に最も近しい存在であり、今なお伝説として語り継がれる——“聖女キクコ”本人だ」

「……なっ!?」

 ようやく事態の重大さを悟ったのか、王太子の顔から血の気が引いた。

「キクコ・イソファガス様は、三百年前より我が国を幾度となく災厄から救ってきた方だ。
 お前のような小僧が、軽々しく侮辱してよい存在ではない」

 そして、王は厳かに告げる。

「よって、ジルベール・アド・ロワイヤル。
 貴様は王太子の地位を一時凍結とし、城内にて謹慎を命じる。
 正式な処分は、追って発表する」

「ちょ、父上! それは、さすがに——!」

「異議は認めぬ」

 その一言で、すべては決した。
 ジルベールはその場に膝をつき、震えながら項垂れる。

 続いて、王の視線がもう一人へと向けられた。

「アルシア・セレスタ」

「……はい、陛下」

「貴女は聖女として国民の信頼を集める立場にある。
 昨日の茶会において、王太子の不敬を黙認し、加担した責任は重い」

「……申し訳ありません」

「貴女にも謹慎を命じる。
 これは罰ではなく、国の秩序を守るための処置だ」

 アルシアは静かに頭を下げ、その命を受け入れた。

 その一連の裁きを、回廊の陰から見届けていたキクコは、ふっと小さく息を吐き、扇子を閉じた。

(……ま、こんなところかしら)

 心の中でそう呟く。

(あとは反省して、少しはまともな王族になってくれればいいけど……)

 それでも彼女の表情は、どこか楽しげだった。
 演技も、策も、所詮は茶番。
 だが、その茶番によって人の心が動き、国の未来がほんの少しでも良くなるなら、それでいい。

(ロワイヤル坊や……ちゃんと“お灸”を据えてくれたわね。ありがとう)

 キクコは静かに踵を返し、王城を後にした。

 永遠の十七歳。
 その小さな背中に吹く朝の風は、どこか誇らしく、そしてほんのわずかに、寂しさを帯びていた。


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