永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる(オリジナルバージョン)

鷹 綾

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第2章 セクション2 『舞踏会と、永遠の十七歳』

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第2章 セクション2 『舞踏会と、永遠の十七歳』

 帝国の王宮に設えられた舞踏会場へと到着したキクコは、招かれた客たちの視線を一身に浴びながら、皇帝ネオ陛下のもとへと案内された。

 視線の意味はさまざまだ。
 珍しい来訪者への好奇、若き令嬢への羨望、そして——どこか測るような探る目。

「よく来てくれたな、キクコ」

 玉座の前で迎えたのは、老いながらも威厳を失わぬネオ皇帝だった。その口元には、満足げな笑みが浮かんでいる。

「相変わらずお元気そうで何よりですわ。……まだご存命とは思いませんでした」

「相変わらず容赦のない言い草だな」

「お互い様でしょう?」

 軽口を交わす二人の間には、周囲の者には決して分からぬ、長い年月に裏打ちされた懐かしさと信頼が漂っていた。

「……で? 今回のご招待、本当に孫息子のためなのですか?」

 キクコの問いに、皇帝は鼻を鳴らして笑う。

「半分はそうだ。だが、もう半分はな……昔馴染みに、もう一度会いたくなっただけだ。年寄りになると、どうにも感傷に弱くなっていかん」

「感傷にしては、随分と茶目っ気のあるお誘いでしたけど」

「そういうお前も、まんざらではなかっただろう?」

「……ええ。あなたに会うのは、嫌いではありませんもの」

 その返答に、ネオ皇帝は肩を揺らして笑った。

「よし、では行ってやってくれ。あの不器用な坊主もな、お前に一目惚れらしい。どうだ? イケメンだぞ、イケメン。ロリババァにはもったいないくらいのな」

「……ロリババァは余計ですわね。覚えていなさい、陛下」

 キクコは扇子をぱちんと閉じると、くるりと踵を返し、会場の中央へと歩き出した。その背中に、ネオ皇帝は呆れと親しみの入り混じった視線を向ける。

(やはり、あやつには誰も敵わん)

 やがて、煌びやかな音楽と人々のざわめきに包まれ、帝国王宮の大舞踏会が本格的に幕を開けた。
 黄金と白を基調にした豪奢な会場には、帝国中の貴族や各国の外交使節が集い、まさに絢爛という言葉が相応しい光景が広がっていた。

 その中心に、緋色のドレスを纏ったキクコ・イソファガスが静かに立っている。
 手には扇子、姿はあくまで可憐な少女。だが、放たれる空気はどこか一線を画していた。

 彼女の前に立つのは、皇帝の孫であるラファエル皇子。整った顔立ちと凛とした気配を併せ持ち、自然と視線を集める青年だ。

「キクコ様、踊っていただけませんか?」

 差し出された手に、会場中の注目が集まる。
 その先にいるのが、三百年を生きる“永遠の十七歳”であることを、誰も知らないまま。

「いただけません」

「えっ……」

 一瞬で、空気が凍りついた。
 だがキクコは、すぐにくすりと微笑みを浮かべて続ける。

「冗談ですわ。一曲だけでよろしければ」

 張り詰めていた空気がほどけ、周囲から安堵混じりの笑いが漏れる。
 ラファエルも苦笑しつつ、ほっと息を吐き、彼女の手を取った。

 高らかに鳴り響くバイオリン。
 二人は会場の中心で、優雅なステップを刻み始める。

「……素晴らしい踊りですね、キクコ様。舞踏のご経験も、かなりおありとお見受けします」

「三百年も踊っていれば、そりゃあね」

「えっ?」

「冗談ですわ」

 小悪魔のような笑みに、ラファエルは一瞬言葉を失い、それでも笑みを返すしかなかった。

 一曲が終わると、二人はバルコニーへと移り、夜風に身を委ねながら言葉を交わす。

「……お礼が遅れましたが、これまでの贈り物、ありがとうございます」

「いえ……私の想いが、少しでも伝わっていたのなら……」

 その言葉に、キクコは静かに首を振った。

「お気持ちはありがたく受け取りました。でも、私にはお応えできません」

「……どうしてでしょうか」

「私は、時の流れに取り残される存在です。周囲の人々は入れ替わり、やがて誰もいなくなる……その中で、私だけが変わらずそこにいる。だから、親しくなればなるほど、別れが怖くなるのです」

 その言葉は、夜気に溶けるように静かに響いた。

「それでも……私は、あなたと共にありたい」

 真っ直ぐに向けられるラファエルの眼差し。
 だがキクコは、静かに首を横に振る。

「それは、あなたのわがまま。そして、私を悲しませるだけですわ」

 一礼すると、彼女は踵を返した。

 その背中を見送りながら、ラファエルは胸中で呟く。

(……私には、何もできないのか)

 キクコの影が消えたバルコニーに、しばし静寂が訪れた。

 ——数日後。

 イソファガス領の屋敷には、大量の花が届けられていた。
 廊下を埋め尽くす白い花束に、使用人たちは目を丸くする。

「これは……一体?」
「帝国のラファエル皇子から、キクコ様へとのことです」

 報告を受けたキクコは、花の山を眺めてぽつりと呟いた。

「……てっきり、お祖父様のお葬式でも始まったのかと思ったわ」

「縁起でもないことを……」

 それでも、館は花の香りに優しく包まれていく。

「……どうしましょう。むしろ嫌がらせの域では?」

「皇子様なりの、真心なのでしょう」

 しばし考えた後、キクコは悪戯っぽく微笑んだ。

「じゃあ、お礼参りをしないとね。この花、全部……聖女様への“お見舞い”として贈ってちょうだい」

「え、全部ですか!? ……完全に嫌がらせでは?」

「気のせいよ。これは、おしゃれな“お灸”」

 そして翌日。
 聖女アルシアの謹慎先には、館を覆い尽くすほどの白い花束が届けられた。

「……キクコ・イソファガス、恐ろしい子!」

 花に埋もれながら、聖女は目を見開いた。

 一方、ラファエルのもとには、一輪の白いダリアと小さなカードが届く。

『お花がとても役に立ちました。ありがとうございます』

「……ありがとうは分かるが、役に立った……?」

 首をかしげるラファエル。
 その意味を知るのは、もう少し先の話である。


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