エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第4話 甘い過剰生産と、いちばん楽な“処分”の方法

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第4話 甘い過剰生産と、いちばん楽な“処分”の方法

(※第3話を「全自動で作っていたら、味見の間に増殖した」流れに合わせて書き直し)

 

「……増えてますわね」

 エオリア・フロステリアは、工房の扉を開けた瞬間に理解した。
 甘い香りが濃い。空気が、チョコレートそのものになっている。冗談ではなく。

 魔導地下工房――《ショコラ・フォルティッシモ》の周囲に、整然と積み上がる木箱。
 中身はもちろん、板チョコ。箱、箱、箱。壁のように箱。

 隣で侍女エレナが、震える指で帳簿をめくった。

「……えっと。本日の生産量、二百四十七枚。昨日の残りが、三百二十枚。合わせて……」

「数えなくていいですわ。私の目が、現実を拒否し始めていますもの」

「拒否してる場合じゃありません! 置き場所が、もう……!」

 工房は温度と湿度を魔法で一定に保っている。溶けない。品質も落ちない。
 問題は別のところにあった。

「お嬢様。これ、どうします?」

「食べますわ」

「……何年かかります?」

「一生」

「一生かかる量を、三日で作らないでください!」

 エレナのツッコミが、今日も冴え渡る。冴え渡りすぎて、刃物みたいだ。

 エオリアは紅茶を一口すすり、涼しい顔で言った。

「だって、仕方ないでしょう? 私はゆっくり味わいたいのですもの。ひとかけらを、丁寧に」

「丁寧に味わってる間に、装置が丁寧に量産してくるんですよ!」

「量産は正義ですわ」

「正義の方向性が怪しいです!」

 

 ――この地、ファーレ領の南端は高温多湿。けれど、屋敷の中は別世界だ。
 冷却結界と除湿結界で、エオリアにとっての天国に整えてある。

 つまり。

「外に持ち出すのは、論外ですわね」

 エオリアは即答した。

「はい! さすがに分かってますね! 門前に放置とか、絶対ダメです!」

「当然ですわ。人が口にするものを、外に放置するなんて。……趣味が悪いですもの」

 エレナは胸を撫で下ろした。
 最近、お嬢様が“面倒”を理由に常識を省略しそうになる瞬間があるので、心臓に悪い。

 

「では、どう処分なさいます?」

「捨てませんわ」

「配りません?」

「それも面倒ですわ」

「……ですよね」

 エレナが悟った声を出す。
 エオリアは、扇子をぱたんと閉じ、淡々と結論を出した。

「売りましょう」

「商人に卸すんですか?」

「いえ。商人と交渉するのも面倒ですわ」

「詰んでません?」

「詰んでいません。発想を変えるのです」

 エオリアは、工房の隅に置かれた小さな冷蔵用魔導箱――《フリーズボール》を見つめた。
 “外に置かない”を前提に、しかし“人の手間を増やさない”方法。

「……門番詰所を、使いますわ」

「門番詰所?」

「屋外ではなく、詰所の中。温度管理できる室内。受け渡し窓口だけ外に向ける。
 つまり“放置”ではなく、“管理された販売”ですの」

 エレナは一瞬、ぽかんとしたが――すぐに頷いた。

「それなら衛生的です。警備もいますし、盗難も防げる。人を舐めた形にも見えません」

「ええ。私も嫌ですもの。“拾え”みたいな構図は」

 エオリアは、あくまで自分のために言った。
 自分の作ったものが、雑に扱われるのも。
 変な誤解を招くのも。
 何より、自分が後から面倒になるのも。

 

 翌日。

 屋敷の正門脇にある門番詰所は、いつもより整っていた。
 室内には冷却結界。小さなガラス棚には、箱詰めされたチョコがきちんと並ぶ。
 外からは、受け渡し窓口越しに商品だけが見える。

 窓口の横には札。

『魔導菓子(板チョコ)
 屋敷内工房製/温度管理済み
 1箱 銅貨三枚
 ※お釣りは出ません
 ※保冷袋は別途(銅貨一枚)』

「……値段、上げましたね?」

「安すぎると、逆に失礼ですわ。買う側の気持ちもありますもの」

「その感覚、助かります……!」

 エレナは本気で安堵した。
 “余り物だから銅貨一枚”などとやると、善意でも何でもなく、ただの軽視に見える。
 それをお嬢様が理解しているなら、まだ世界は救える。

「あと、『余りました』は書きませんの?」

「書きませんわ。そんな言葉、食べ物に貼りたくありません。……気分が落ちますもの」

「ですよね。買う側も落ちます」

「私も落ちます」

 結局、お嬢様の基準は“自分が嫌かどうか”でできている。
 しかし、その自分基準が案外まともなので、結果として社会性が保たれる。
 エレナは、そういうところが複雑にありがたいと思っている。

 

 販売開始の鐘を鳴らす代わりに、門番が控えめに札を外へ向けた。
 すると――最初に現れたのは、近くの宿屋の女将だった。

「あら……ここが噂の……。失礼しますよ」

 女将は窓口から覗き込み、丁寧に銅貨を置いた。

「一箱と、保冷袋も」

「かしこまりました」

 門番が淡々と渡す。
 女将は受け取った箱を大事そうに抱え、目を細めた。

「……外に出しっぱなしじゃないのが、いいね。安心だ」

 それを聞いて、エレナは内心でガッツポーズした。
 ほら見ろ、お嬢様。こういうところです。こういうところが大事なんです。

 

 夕方までに、二十箱が消えた。

「……売れましたわね」

 エオリアはテラスで紅茶を飲みながら、報告を聞いていた。
 顔は平静だが、指先がわずかに軽い。機嫌がいいときの兆候だ。

「はい。評判もいいです。“ちゃんとした売り方で安心”って」

「当然ですわ。私のチョコは、私が一番美味しく食べたい。
 だから、雑に扱われる未来は、私が許しませんの」

「……結果的に、買う人も大事にしてますけどね」

「それは副産物ですわ」

 副産物、という言い方はひどいのに、不思議と嫌味がない。
 なぜなら彼女は本当に“自分の快適”だけで動いていて、その延長に偶然、人の快適があるだけだから。

 

「では、これで在庫は……」

「まだ山ですわ」

「ですよね」

「でも、門番詰所方式なら、私は働かなくて済みます」

「それが目的ですか」

「もちろん。私はチョコを食べたいのです。売り子になりたいわけではありませんもの」

 エオリアは満足げに、新作の試作皿へ手を伸ばした。
 ひとかけらを割って、ゆっくり口に入れる。

 とろける甘さ。香り。ほろ苦さ。
 ――ああ、これだ。これが欲しかった。

(装置が勝手に増やすのだけが、計算外ですけれど)

 視線の先、地下工房の方角から、今日もほのかに甘い香りが立ち上っていた。
 きっと今この瞬間も、彼女が味わっている間に、箱がひとつ増えている。

 エレナが遠い目で呟く。

「……お嬢様。明日、装置の稼働時間、減らしません?」

「減らしませんわ。だって、万が一、食べたいときに足りなかったら困るでしょう?」

「困らない量を、すでに持ってるんですけどね……」

「念のためですわ」

「念のためが、世界を甘く侵食していく……」

 こうして、エオリアの“自分のためのチョコ生活”は、今日も順調だった。
 ただひとつ――彼女がゆっくり味わうほど、在庫が増えるという、奇妙な法則を除けば。

 そしてその余剰は、また明日も、静かに“管理された室内”から売られていく。
 誰も見下されず、誰も不快にならず、何より――エオリアが一切、疲れない形で。

 完璧である。
 少なくとも、彼女にとっては。
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