3 / 40
第3話 南方は、甘い宝庫でした
しおりを挟む
第3話 南方は、甘い宝庫でした
「……暑いですわね」
エオリア・フロステリアは、南方の森を前に、率直な感想を漏らした。
追放先として与えられたこの地は、高温多湿。
王都の貴族たちが嫌う条件を、すべて満たしている。
「農地としては不向き。魔導陣も安定しづらい。だから“未開地”……ですか」
だが、エオリアの視線は、足元の土と、周囲の木々に向いていた。
(……でも、この湿度。この気温。この土壌……)
胸の奥に、ひっかかる感覚がある。
◆
森の奥へ進むにつれ、エオリアは違和感を確信へと変えていった。
「……この実」
木の幹にぶら下がる、楕円形の果実。
厚い殻に包まれ、独特の香りを放っている。
割ってみると、中には白い果肉と、整然と並ぶ豆。
「……カカオ、ですわね」
王都では高級嗜好品。
輸入に頼り、限られた量しか流通しない貴重品。
それが――
「……あちらにも。こちらにも……」
周囲を見渡せば、同じ木が無数に生えている。
しかも、放置されたまま。
「……なるほど」
ここが未開地と呼ばれた理由が、ようやく理解できた。
この国では、
カカオ=贅沢品=王都向け
という固定観念があった。
「こんな場所で育つはずがない」と、誰も調査しなかった。
高温多湿で、人が住みにくい土地。
だからこそ、価値を見落とされた。
「……思い込みというのは、怖いものですわね」
◆
屋敷へ戻ったエオリアは、さっそく試すことにした。
収穫したカカオ豆を洗浄し、発酵、乾燥、焙煎。
工程はすべて、彼女の魔法で補助する。
「……問題ありませんわね」
品質は、王都で流通していたものと遜色ない。
むしろ、鮮度が高い分、香りが強い。
「輸入する理由が、どこにもありませんわ」
――つまり。
原料は、無尽蔵。
◆
そこで、エオリアは考えた。
(……せっかくなら、作りたいだけ作ってしまいましょう)
自分が食べるために。
自分が美味しいと思うものを、納得するまで。
彼女は魔導工房に、大型の魔法陣を構築した。
発酵、乾燥、焙煎、粉砕、撹拌、成形。
すべてを一つの流れに統合した――
《全自動チョコレート製造魔法》。
「……これで、わたくしは味にだけ集中できますわね」
止めるつもりは、最初からなかった。
◆
完成後。
エオリアは、最初の一枚を手に取った。
「……いただきます」
ゆっくりと味わう。
香り、口溶け、後味。
納得するまで、時間をかけて。
――そのあいだも。
魔法陣は、黙々と働き続けていた。
◆
再び工房を覗いたとき。
「……あら」
箱が、増えている。
(……そうでしたわね。全自動、でしたもの)
一枚を味わっているあいだに、十枚。
十枚を味わえば、百枚。
原料は森に無尽蔵。
魔力は余っている。
「……これは、食べきれませんわね」
困った様子は、まるでない。
「仕方ありませんわ。残りは……」
少し考え、
「売るか、配るか……どちらかですわね」
それは、
儲けるためでも、国を救うためでもない。
ただ――
「わたくしが美味しいものを食べたいだけ、ですもの」
その結果、余っただけ。
南方が“未開地”と呼ばれた理由は、
この日をもって、静かに終わりを告げた。
-
「……暑いですわね」
エオリア・フロステリアは、南方の森を前に、率直な感想を漏らした。
追放先として与えられたこの地は、高温多湿。
王都の貴族たちが嫌う条件を、すべて満たしている。
「農地としては不向き。魔導陣も安定しづらい。だから“未開地”……ですか」
だが、エオリアの視線は、足元の土と、周囲の木々に向いていた。
(……でも、この湿度。この気温。この土壌……)
胸の奥に、ひっかかる感覚がある。
◆
森の奥へ進むにつれ、エオリアは違和感を確信へと変えていった。
「……この実」
木の幹にぶら下がる、楕円形の果実。
厚い殻に包まれ、独特の香りを放っている。
割ってみると、中には白い果肉と、整然と並ぶ豆。
「……カカオ、ですわね」
王都では高級嗜好品。
輸入に頼り、限られた量しか流通しない貴重品。
それが――
「……あちらにも。こちらにも……」
周囲を見渡せば、同じ木が無数に生えている。
しかも、放置されたまま。
「……なるほど」
ここが未開地と呼ばれた理由が、ようやく理解できた。
この国では、
カカオ=贅沢品=王都向け
という固定観念があった。
「こんな場所で育つはずがない」と、誰も調査しなかった。
高温多湿で、人が住みにくい土地。
だからこそ、価値を見落とされた。
「……思い込みというのは、怖いものですわね」
◆
屋敷へ戻ったエオリアは、さっそく試すことにした。
収穫したカカオ豆を洗浄し、発酵、乾燥、焙煎。
工程はすべて、彼女の魔法で補助する。
「……問題ありませんわね」
品質は、王都で流通していたものと遜色ない。
むしろ、鮮度が高い分、香りが強い。
「輸入する理由が、どこにもありませんわ」
――つまり。
原料は、無尽蔵。
◆
そこで、エオリアは考えた。
(……せっかくなら、作りたいだけ作ってしまいましょう)
自分が食べるために。
自分が美味しいと思うものを、納得するまで。
彼女は魔導工房に、大型の魔法陣を構築した。
発酵、乾燥、焙煎、粉砕、撹拌、成形。
すべてを一つの流れに統合した――
《全自動チョコレート製造魔法》。
「……これで、わたくしは味にだけ集中できますわね」
止めるつもりは、最初からなかった。
◆
完成後。
エオリアは、最初の一枚を手に取った。
「……いただきます」
ゆっくりと味わう。
香り、口溶け、後味。
納得するまで、時間をかけて。
――そのあいだも。
魔法陣は、黙々と働き続けていた。
◆
再び工房を覗いたとき。
「……あら」
箱が、増えている。
(……そうでしたわね。全自動、でしたもの)
一枚を味わっているあいだに、十枚。
十枚を味わえば、百枚。
原料は森に無尽蔵。
魔力は余っている。
「……これは、食べきれませんわね」
困った様子は、まるでない。
「仕方ありませんわ。残りは……」
少し考え、
「売るか、配るか……どちらかですわね」
それは、
儲けるためでも、国を救うためでもない。
ただ――
「わたくしが美味しいものを食べたいだけ、ですもの」
その結果、余っただけ。
南方が“未開地”と呼ばれた理由は、
この日をもって、静かに終わりを告げた。
-
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。
「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」
決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる