エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第2話 暑すぎるので、まずは冷やします

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第2話 暑すぎるので、まずは冷やします

 

南方ファーレ領――王都から馬車で五日。
エオリア・フロステリアが追放先として降ろされた土地は、想像以上に“過酷”だった。

「……暑いですわね」

第一声が、それだった。

照りつける太陽。
肌にまとわりつく湿気。
息を吸うだけで、肺の中までぬるくなる感覚。

迎えに来たのは、領主代理と名乗る中年の男性と、最低限の使用人だけ。
歓迎というより、「厄介払いの荷物を受け取った」という空気が露骨だった。

「こちらが、お住まいになる屋敷でございます」

案内された屋敷は、石造りではあるが――
窓は小さく、風通しも悪い。
中に入った瞬間、むわっとした熱気が押し寄せた。

エオリアは立ち止まり、静かに目を閉じる。

(これは……無理ですわ)

「……あの」

「は、はい?」

「まず、寝室を一つだけ使えるようにしてくださいな」

「え? 他はご覧になられなくてよろしいのですか?」

「ええ。全部を見る必要はありません」

なぜなら――
この屋敷で最初にやることは、決まっていたからだ。

 



 

寝室に通されると、エオリアは即座に窓を閉め切った。

「お嬢様? 風を通したほうが……」

「だめですわ。外気を入れると、余計に不快になります」

使用人たちが首を傾げる中、エオリアはゆっくりと魔力を練った。

複雑な詠唱はない。
派手な光もない。

ただ、空間を包み込むように、やさしく魔力を巡らせる。

「……《温度一定》」

次の瞬間。

「……あれ?」

「涼しい……?」

寝室の空気が、すっと軽くなった。
汗ばんでいた肌が、自然に乾いていく。

「室温二十三度、湿度五十パーセント……」

エオリアは満足そうに頷いた。

「これですわ。生きるとは、こういうことですの」

使用人たちは呆然としていた。

「こ、これが……魔法……?」

「ええ。ただの生活魔法ですわ。
 暑いのも、湿っぽいのも、我慢する理由がありませんもの」

王都では“無駄遣い”と笑われた魔法。
だが、この瞬間――

この部屋は、世界で一番快適だった。

「……他の部屋も、この温度にしていいですか?」

使用人の一人が、おそるおそる尋ねる。

「いけません」

即答だった。

「この部屋は、わたくしのための空間ですわ。
 全部快適にしたら、価値が下がりますでしょう?」

「……?」

「まずは、わたくしが快適であること。それが最優先ですの」

理解される気は、最初からなかった。

 



 

エオリアは、冷えた寝室で荷物をほどきながら考えていた。

(暑い土地……湿度が高い……)

それは裏を返せば――

(植物がよく育つ、ということですわね)

荷物の中から、小さな包みを取り出す。
王宮の厨房から“ついで”に持ってきた、茶色い種。

「……カカオ」

王都では高級品。
この国では、輸入に頼るしかない希少素材。

(育ったら、チョコレートが作れますわ)

自分が食べるために。
それが第一。

「……いっぱいできたら、どうしましょう」

一瞬だけ考え、すぐ結論が出た。

(余りますわね)

食べきれない分は、腐る。
それは、もったいない。

「……売りましょうか」

商売のためではない。
発展のためでもない。

「捨てるくらいなら、誰かにあげるか、売る。
 それだけの話ですわ」

エオリアは、あくまで“自分のため”に魔法を使う。

誰かに感謝される必要もない。
評価される必要もない。

(わたくしが美味しいものを食べられれば、それでいい)

 



 

その日の夕方。

「お嬢様……」

使用人が、恐る恐る声をかけてきた。

「夕食なのですが……」

差し出されたのは、干し肉と固いパン。
南方では一般的な食事だという。

エオリアは、パンを一口かじり――

「……口の中の水分、全部持っていかれましたわ」

静かに言った。

次の瞬間、彼女は立ち上がった。

「厨房を、お借りします」

「え? で、ですが……」

「大丈夫ですわ。危険な魔法は使いません」

――危険でない代わりに、贅沢な魔法を使うだけだ。

水を冷やし、
甘味を引き出し、
温度を整える。

「……《簡易冷却》」

ぬるかった水が、喉に心地よい冷たさへ変わる。

「……生き返りますわね」

その光景を、使用人たちはただ見つめていた。

(この人は……追放されてきた貴族令嬢、なのよね?)

常識が、音を立てて崩れていく。

 



 

夜。

完璧に冷えた寝室で、エオリアはベッドに横になった。

「……快適ですわ」

王都での生活よりも。
婚約者がいた頃よりも。

今のほうが、ずっと。

「働かなくていい。
 誰にも気を遣わなくていい。
 自分のためだけに、魔法を使える」

彼女は目を閉じる。

「……ここ、当たりですわね」

南方ファーレ領。
未開地と呼ばれたこの場所は――

エオリアにとって、理想の“引きこもり拠点”になりそうだった。

そしてまだ、誰も気づいていない。

この屋敷から、
甘くて、冷たくて、どうでもいい理由で生まれた魔法が、
じわじわと世界を侵食していくことを。

だが、それはすべて――

「……明日は、甘いものを作りましょう」

彼女の“ついで”から始まるのだった。
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