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第2話 暑すぎるので、まずは冷やします
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第2話 暑すぎるので、まずは冷やします
南方ファーレ領――王都から馬車で五日。
エオリア・フロステリアが追放先として降ろされた土地は、想像以上に“過酷”だった。
「……暑いですわね」
第一声が、それだった。
照りつける太陽。
肌にまとわりつく湿気。
息を吸うだけで、肺の中までぬるくなる感覚。
迎えに来たのは、領主代理と名乗る中年の男性と、最低限の使用人だけ。
歓迎というより、「厄介払いの荷物を受け取った」という空気が露骨だった。
「こちらが、お住まいになる屋敷でございます」
案内された屋敷は、石造りではあるが――
窓は小さく、風通しも悪い。
中に入った瞬間、むわっとした熱気が押し寄せた。
エオリアは立ち止まり、静かに目を閉じる。
(これは……無理ですわ)
「……あの」
「は、はい?」
「まず、寝室を一つだけ使えるようにしてくださいな」
「え? 他はご覧になられなくてよろしいのですか?」
「ええ。全部を見る必要はありません」
なぜなら――
この屋敷で最初にやることは、決まっていたからだ。
◆
寝室に通されると、エオリアは即座に窓を閉め切った。
「お嬢様? 風を通したほうが……」
「だめですわ。外気を入れると、余計に不快になります」
使用人たちが首を傾げる中、エオリアはゆっくりと魔力を練った。
複雑な詠唱はない。
派手な光もない。
ただ、空間を包み込むように、やさしく魔力を巡らせる。
「……《温度一定》」
次の瞬間。
「……あれ?」
「涼しい……?」
寝室の空気が、すっと軽くなった。
汗ばんでいた肌が、自然に乾いていく。
「室温二十三度、湿度五十パーセント……」
エオリアは満足そうに頷いた。
「これですわ。生きるとは、こういうことですの」
使用人たちは呆然としていた。
「こ、これが……魔法……?」
「ええ。ただの生活魔法ですわ。
暑いのも、湿っぽいのも、我慢する理由がありませんもの」
王都では“無駄遣い”と笑われた魔法。
だが、この瞬間――
この部屋は、世界で一番快適だった。
「……他の部屋も、この温度にしていいですか?」
使用人の一人が、おそるおそる尋ねる。
「いけません」
即答だった。
「この部屋は、わたくしのための空間ですわ。
全部快適にしたら、価値が下がりますでしょう?」
「……?」
「まずは、わたくしが快適であること。それが最優先ですの」
理解される気は、最初からなかった。
◆
エオリアは、冷えた寝室で荷物をほどきながら考えていた。
(暑い土地……湿度が高い……)
それは裏を返せば――
(植物がよく育つ、ということですわね)
荷物の中から、小さな包みを取り出す。
王宮の厨房から“ついで”に持ってきた、茶色い種。
「……カカオ」
王都では高級品。
この国では、輸入に頼るしかない希少素材。
(育ったら、チョコレートが作れますわ)
自分が食べるために。
それが第一。
「……いっぱいできたら、どうしましょう」
一瞬だけ考え、すぐ結論が出た。
(余りますわね)
食べきれない分は、腐る。
それは、もったいない。
「……売りましょうか」
商売のためではない。
発展のためでもない。
「捨てるくらいなら、誰かにあげるか、売る。
それだけの話ですわ」
エオリアは、あくまで“自分のため”に魔法を使う。
誰かに感謝される必要もない。
評価される必要もない。
(わたくしが美味しいものを食べられれば、それでいい)
◆
その日の夕方。
「お嬢様……」
使用人が、恐る恐る声をかけてきた。
「夕食なのですが……」
差し出されたのは、干し肉と固いパン。
南方では一般的な食事だという。
エオリアは、パンを一口かじり――
「……口の中の水分、全部持っていかれましたわ」
静かに言った。
次の瞬間、彼女は立ち上がった。
「厨房を、お借りします」
「え? で、ですが……」
「大丈夫ですわ。危険な魔法は使いません」
――危険でない代わりに、贅沢な魔法を使うだけだ。
水を冷やし、
甘味を引き出し、
温度を整える。
「……《簡易冷却》」
ぬるかった水が、喉に心地よい冷たさへ変わる。
「……生き返りますわね」
その光景を、使用人たちはただ見つめていた。
(この人は……追放されてきた貴族令嬢、なのよね?)
常識が、音を立てて崩れていく。
◆
夜。
完璧に冷えた寝室で、エオリアはベッドに横になった。
「……快適ですわ」
王都での生活よりも。
婚約者がいた頃よりも。
今のほうが、ずっと。
「働かなくていい。
誰にも気を遣わなくていい。
自分のためだけに、魔法を使える」
彼女は目を閉じる。
「……ここ、当たりですわね」
南方ファーレ領。
未開地と呼ばれたこの場所は――
エオリアにとって、理想の“引きこもり拠点”になりそうだった。
そしてまだ、誰も気づいていない。
この屋敷から、
甘くて、冷たくて、どうでもいい理由で生まれた魔法が、
じわじわと世界を侵食していくことを。
だが、それはすべて――
「……明日は、甘いものを作りましょう」
彼女の“ついで”から始まるのだった。
南方ファーレ領――王都から馬車で五日。
エオリア・フロステリアが追放先として降ろされた土地は、想像以上に“過酷”だった。
「……暑いですわね」
第一声が、それだった。
照りつける太陽。
肌にまとわりつく湿気。
息を吸うだけで、肺の中までぬるくなる感覚。
迎えに来たのは、領主代理と名乗る中年の男性と、最低限の使用人だけ。
歓迎というより、「厄介払いの荷物を受け取った」という空気が露骨だった。
「こちらが、お住まいになる屋敷でございます」
案内された屋敷は、石造りではあるが――
窓は小さく、風通しも悪い。
中に入った瞬間、むわっとした熱気が押し寄せた。
エオリアは立ち止まり、静かに目を閉じる。
(これは……無理ですわ)
「……あの」
「は、はい?」
「まず、寝室を一つだけ使えるようにしてくださいな」
「え? 他はご覧になられなくてよろしいのですか?」
「ええ。全部を見る必要はありません」
なぜなら――
この屋敷で最初にやることは、決まっていたからだ。
◆
寝室に通されると、エオリアは即座に窓を閉め切った。
「お嬢様? 風を通したほうが……」
「だめですわ。外気を入れると、余計に不快になります」
使用人たちが首を傾げる中、エオリアはゆっくりと魔力を練った。
複雑な詠唱はない。
派手な光もない。
ただ、空間を包み込むように、やさしく魔力を巡らせる。
「……《温度一定》」
次の瞬間。
「……あれ?」
「涼しい……?」
寝室の空気が、すっと軽くなった。
汗ばんでいた肌が、自然に乾いていく。
「室温二十三度、湿度五十パーセント……」
エオリアは満足そうに頷いた。
「これですわ。生きるとは、こういうことですの」
使用人たちは呆然としていた。
「こ、これが……魔法……?」
「ええ。ただの生活魔法ですわ。
暑いのも、湿っぽいのも、我慢する理由がありませんもの」
王都では“無駄遣い”と笑われた魔法。
だが、この瞬間――
この部屋は、世界で一番快適だった。
「……他の部屋も、この温度にしていいですか?」
使用人の一人が、おそるおそる尋ねる。
「いけません」
即答だった。
「この部屋は、わたくしのための空間ですわ。
全部快適にしたら、価値が下がりますでしょう?」
「……?」
「まずは、わたくしが快適であること。それが最優先ですの」
理解される気は、最初からなかった。
◆
エオリアは、冷えた寝室で荷物をほどきながら考えていた。
(暑い土地……湿度が高い……)
それは裏を返せば――
(植物がよく育つ、ということですわね)
荷物の中から、小さな包みを取り出す。
王宮の厨房から“ついで”に持ってきた、茶色い種。
「……カカオ」
王都では高級品。
この国では、輸入に頼るしかない希少素材。
(育ったら、チョコレートが作れますわ)
自分が食べるために。
それが第一。
「……いっぱいできたら、どうしましょう」
一瞬だけ考え、すぐ結論が出た。
(余りますわね)
食べきれない分は、腐る。
それは、もったいない。
「……売りましょうか」
商売のためではない。
発展のためでもない。
「捨てるくらいなら、誰かにあげるか、売る。
それだけの話ですわ」
エオリアは、あくまで“自分のため”に魔法を使う。
誰かに感謝される必要もない。
評価される必要もない。
(わたくしが美味しいものを食べられれば、それでいい)
◆
その日の夕方。
「お嬢様……」
使用人が、恐る恐る声をかけてきた。
「夕食なのですが……」
差し出されたのは、干し肉と固いパン。
南方では一般的な食事だという。
エオリアは、パンを一口かじり――
「……口の中の水分、全部持っていかれましたわ」
静かに言った。
次の瞬間、彼女は立ち上がった。
「厨房を、お借りします」
「え? で、ですが……」
「大丈夫ですわ。危険な魔法は使いません」
――危険でない代わりに、贅沢な魔法を使うだけだ。
水を冷やし、
甘味を引き出し、
温度を整える。
「……《簡易冷却》」
ぬるかった水が、喉に心地よい冷たさへ変わる。
「……生き返りますわね」
その光景を、使用人たちはただ見つめていた。
(この人は……追放されてきた貴族令嬢、なのよね?)
常識が、音を立てて崩れていく。
◆
夜。
完璧に冷えた寝室で、エオリアはベッドに横になった。
「……快適ですわ」
王都での生活よりも。
婚約者がいた頃よりも。
今のほうが、ずっと。
「働かなくていい。
誰にも気を遣わなくていい。
自分のためだけに、魔法を使える」
彼女は目を閉じる。
「……ここ、当たりですわね」
南方ファーレ領。
未開地と呼ばれたこの場所は――
エオリアにとって、理想の“引きこもり拠点”になりそうだった。
そしてまだ、誰も気づいていない。
この屋敷から、
甘くて、冷たくて、どうでもいい理由で生まれた魔法が、
じわじわと世界を侵食していくことを。
だが、それはすべて――
「……明日は、甘いものを作りましょう」
彼女の“ついで”から始まるのだった。
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