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第6話 行列が嫌なので、条件だけ決めました
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第6話 行列が嫌なので、条件だけ決めました
全自動チョコレート製造魔法陣は、今日も静かに稼働していた。
音もなく、振動もなく、ただ淡々と――
型に流し込まれ、冷却され、箱詰めされていく。
エオリア・フロステリアは、厨房の片隅に置かれた椅子に腰かけ、紅茶を片手にチョコレートを一枚、ゆっくり味わっていた。
「……やはり、今日の配合は正解ですわね」
口溶け、香り、後味。
どれも申し分ない。
だが、満足しているのは味だけだった。
視界の端で、箱が増えていく。
ひとつ。
ふたつ。
気づけば、壁際に積まれた木箱は、朝より明らかに増えていた。
「……」
エオリアは魔導計測盤に視線を向ける。
停止まで、まだ二時間以上。
この調子なら、今日だけでさらに数十箱は増える。
「……食べきれませんわね」
ぽつりと呟く。
自分が美味しいものを食べたい。
それだけで始めた魔法だった。
だが、全自動というのは、加減を覚えない。
「捨てるのは、論外ですわね」
「はい」
エレナの返事も早い。
「配る……のも、面倒ですわ」
「……はい」
説明。感想。お礼。
どれも、想像しただけで疲れる。
エオリアは一息つき、あっさりと言った。
「売りましょう」
「……売る、のですか?」
「ええ。余った分を、そのまま」
それ以上でも、それ以下でもない。
---
問題は、売り方だった。
「行列は嫌ですわ」
エオリアは即座に断言する。
「騒がしいのも嫌」 「何度も話しかけられるのも嫌」 「同じ人が、何度も並び直すのは論外です」
エレナは、慣れた様子で頷いた。
「では……条件を?」
「最低限だけ」
紙に、さらさらと書き出す。
---
『販売条件』
・販売は一日一回
・時間は固定
・購入は一人一回まで
・購入量は制限なし
・説明なし
・質問対応なし
・売り切れたら、その日は終わり
---
「……購入量、制限しないのですね」
「しませんわ」
迷いのない即答。
「同じ方が何度も並ぶほうが、よほど面倒ですもの。 一度来たなら、その一回で済ませてください」
「……転売などは?」
エオリアは、心底どうでもよさそうに肩をすくめた。
「転売? ばかばかしいですわ」
紅茶を一口飲み、続ける。
「これほど大量に、毎日売っているのに、 わざわざ高く売り直す意味、ありますの?」
「……」
「今日、手に入らなくても、明日また来ればいい。 いえ、明日も、明後日も、 同じくらい、必ず出しますわ」
淡々とした声。
「無理に高く買う必要、あります?」
エレナは、何も言えなかった。
――確かに、ない。
---
販売当日。
場所は屋敷内の控室。
空調魔法で温度と湿度は完全管理されている。
溶けやすいチョコレートを屋外に置くなど、
エオリアの美意識が許すはずもなかった。
入口には条件を書いた札だけ。
説明は一切なし。
開始時刻。
人は集まったが、混乱は起きなかった。
一人、前に出る。
必要な分だけ箱を受け取る。
代金を置き、そのまま去る。
誰も並び直さない。
誰も文句を言わない。
「……行列、伸びませんね」
「当然ですわ」
エオリアは椅子に座ったまま答える。
「一度しか買えないとわかっていれば、人は欲張ります。 欲張れば、戻ってきません」
それだけの理屈だった。
---
「……売り切れました」
エレナの報告に、エオリアは満足そうに頷く。
「では、本日は終了ですわね」
立ち上がり、軽く伸びをする。
「……静かになりました」
彼女にとって、それが何より重要だった。
評判も、噂も、利益も、どうでもいい。
自分の時間が、乱されなかった。
それだけで十分だった。
エオリアは、最後に残しておいた一枚を口に運び、静かに微笑んだ。
「……やはり、美味しいですわ」
働くためではない。
誰かのためでもない。
ただ、自分が美味しいものを食べたい。
その結果、余った分が売れただけ――
それが、この日のすべてだった。
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全自動チョコレート製造魔法陣は、今日も静かに稼働していた。
音もなく、振動もなく、ただ淡々と――
型に流し込まれ、冷却され、箱詰めされていく。
エオリア・フロステリアは、厨房の片隅に置かれた椅子に腰かけ、紅茶を片手にチョコレートを一枚、ゆっくり味わっていた。
「……やはり、今日の配合は正解ですわね」
口溶け、香り、後味。
どれも申し分ない。
だが、満足しているのは味だけだった。
視界の端で、箱が増えていく。
ひとつ。
ふたつ。
気づけば、壁際に積まれた木箱は、朝より明らかに増えていた。
「……」
エオリアは魔導計測盤に視線を向ける。
停止まで、まだ二時間以上。
この調子なら、今日だけでさらに数十箱は増える。
「……食べきれませんわね」
ぽつりと呟く。
自分が美味しいものを食べたい。
それだけで始めた魔法だった。
だが、全自動というのは、加減を覚えない。
「捨てるのは、論外ですわね」
「はい」
エレナの返事も早い。
「配る……のも、面倒ですわ」
「……はい」
説明。感想。お礼。
どれも、想像しただけで疲れる。
エオリアは一息つき、あっさりと言った。
「売りましょう」
「……売る、のですか?」
「ええ。余った分を、そのまま」
それ以上でも、それ以下でもない。
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問題は、売り方だった。
「行列は嫌ですわ」
エオリアは即座に断言する。
「騒がしいのも嫌」 「何度も話しかけられるのも嫌」 「同じ人が、何度も並び直すのは論外です」
エレナは、慣れた様子で頷いた。
「では……条件を?」
「最低限だけ」
紙に、さらさらと書き出す。
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『販売条件』
・販売は一日一回
・時間は固定
・購入は一人一回まで
・購入量は制限なし
・説明なし
・質問対応なし
・売り切れたら、その日は終わり
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「……購入量、制限しないのですね」
「しませんわ」
迷いのない即答。
「同じ方が何度も並ぶほうが、よほど面倒ですもの。 一度来たなら、その一回で済ませてください」
「……転売などは?」
エオリアは、心底どうでもよさそうに肩をすくめた。
「転売? ばかばかしいですわ」
紅茶を一口飲み、続ける。
「これほど大量に、毎日売っているのに、 わざわざ高く売り直す意味、ありますの?」
「……」
「今日、手に入らなくても、明日また来ればいい。 いえ、明日も、明後日も、 同じくらい、必ず出しますわ」
淡々とした声。
「無理に高く買う必要、あります?」
エレナは、何も言えなかった。
――確かに、ない。
---
販売当日。
場所は屋敷内の控室。
空調魔法で温度と湿度は完全管理されている。
溶けやすいチョコレートを屋外に置くなど、
エオリアの美意識が許すはずもなかった。
入口には条件を書いた札だけ。
説明は一切なし。
開始時刻。
人は集まったが、混乱は起きなかった。
一人、前に出る。
必要な分だけ箱を受け取る。
代金を置き、そのまま去る。
誰も並び直さない。
誰も文句を言わない。
「……行列、伸びませんね」
「当然ですわ」
エオリアは椅子に座ったまま答える。
「一度しか買えないとわかっていれば、人は欲張ります。 欲張れば、戻ってきません」
それだけの理屈だった。
---
「……売り切れました」
エレナの報告に、エオリアは満足そうに頷く。
「では、本日は終了ですわね」
立ち上がり、軽く伸びをする。
「……静かになりました」
彼女にとって、それが何より重要だった。
評判も、噂も、利益も、どうでもいい。
自分の時間が、乱されなかった。
それだけで十分だった。
エオリアは、最後に残しておいた一枚を口に運び、静かに微笑んだ。
「……やはり、美味しいですわ」
働くためではない。
誰かのためでもない。
ただ、自分が美味しいものを食べたい。
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それが、この日のすべてだった。
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