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第7話 説明しないだけで、勝手に深読みされました
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第7話 説明しないだけで、勝手に深読みされました
販売開始から三日。
エオリア・フロステリアは、いつも通り厨房の椅子に座り、紅茶を飲みながらチョコレートを味わっていた。
「……少しカカオが強いですわね。明日は配合を一段階落としましょう」
それだけ考えていれば、本来は十分だった。
しかし、その日の午後。
エレナが、妙に疲れた顔で戻ってきた。
「お嬢様……外が、少し騒がしいです」
「……行列ですか?」
「いえ。今日は静かです。ですが……」
言い淀むエレナに、エオリアは視線だけ向けた。
「“条件の意味”について、憶測が広がっているようで……」
エオリアは、ぴたりと手を止めた。
「……説明は、していませんわよね?」
「はい。条件だけ、掲示しています」
「では、問題ありませんわ」
即断だった。
だが、問題は“外”で起きていた。
◆
屋敷の外、通り沿いの茶屋では、いつの間にか議論が起きていた。
「一人一回、量無制限……あれ、どう考えても意味深じゃない?」
「普通、逆だろ? 一人一箱とかさ」
「“何度も並ぶな”ってことじゃないか?」
「いや、違う。あれは――選別だ」
声を潜めて、誰かが言った。
「覚悟がある者だけ、まとめて買えって意味だろ?」
「……は?」
「覚悟だよ。欲しいなら、責任持って持っていけ、ってことだ」
周囲が、妙に納得したような顔になる。
「確かに……中途半端に買うな、って感じはする」
「じゃあ、少量しか買わない人は……?」
「“本気じゃない”って判断されるんじゃないか?」
どこからどう見ても、深読みだった。
◆
その日の販売。
条件は変わらない。
説明も、当然しない。
だが、来る人の様子が、明らかに変わっていた。
皆、妙に真剣な顔をしている。
「……五箱で、よろしいですか?」
「……ええ」
「……覚悟、足りないと思われませんか?」
エレナは一瞬、返答に詰まりかけたが、横からエオリアが淡々と答えた。
「思いませんわ」
「……!」
質問対応はしない、と書いてある。
だが、否定することまでは禁じていない。
その一言で、客は赤面し、慌てて去っていった。
別の者は、箱を十も抱えながら、緊張した面持ちで言った。
「……これだけ買えば、“選ばれた側”でしょうか?」
「存じませんわ」
エオリアは、心底どうでもよさそうに答える。
「ただ、減ってくれるのは助かります」
その返答は、理解されなかった。
むしろ――
「減らす……? 供給調整……?」
「やはり、市場を見ている……」
勝手に解釈されていく。
◆
その夜。
エレナは、ついに我慢できずに聞いた。
「お嬢様……誤解、されていると思います」
「そうですの?」
「かなり……。“哲学がある”“人を試している”“商才がある”と……」
エオリアは、しばらく考えたあと、静かに言った。
「……困ります?」
「いえ……特には……」
「では、放っておきましょう」
彼女は紅茶を飲み干す。
「私は、説明するために作っているのではありませんの」
「……はい」
「自分が美味しいものを食べたい。ただ、それだけですわ」
その結果、余る。
余るから、出す。
行列が嫌だから、条件を付ける。
それ以上の意味は、ない。
「人が勝手に意味を付けるのは、止められませんもの」
エオリアは、淡々と結論づけた。
「……それに」
最後に、ぽつりと。
「理解されないほうが、楽ですわ」
◆
翌日。
また新しい噂が流れていた。
「説明しないのが、“格”らしい」
「質問しない者だけが、真価を理解できるんだとか」
「やっぱり、普通の聖女じゃない……」
屋敷の中で、その声を聞きながら、エオリアは新しい配合表を眺めていた。
「……今日は少し甘さを戻しましょう」
外の評価など、どうでもいい。
彼女の世界は、
自分の舌と、静かな時間と、
勝手に増えていくチョコレートだけで、十分だった。
説明しない。
弁解しない。
迎合しない。
その沈黙が、また一つ、
余計な意味を生み出していくとも知らずに――。
エオリアは、今日も、何もしないまま、
自分のためだけに、チョコを味わっていた。
販売開始から三日。
エオリア・フロステリアは、いつも通り厨房の椅子に座り、紅茶を飲みながらチョコレートを味わっていた。
「……少しカカオが強いですわね。明日は配合を一段階落としましょう」
それだけ考えていれば、本来は十分だった。
しかし、その日の午後。
エレナが、妙に疲れた顔で戻ってきた。
「お嬢様……外が、少し騒がしいです」
「……行列ですか?」
「いえ。今日は静かです。ですが……」
言い淀むエレナに、エオリアは視線だけ向けた。
「“条件の意味”について、憶測が広がっているようで……」
エオリアは、ぴたりと手を止めた。
「……説明は、していませんわよね?」
「はい。条件だけ、掲示しています」
「では、問題ありませんわ」
即断だった。
だが、問題は“外”で起きていた。
◆
屋敷の外、通り沿いの茶屋では、いつの間にか議論が起きていた。
「一人一回、量無制限……あれ、どう考えても意味深じゃない?」
「普通、逆だろ? 一人一箱とかさ」
「“何度も並ぶな”ってことじゃないか?」
「いや、違う。あれは――選別だ」
声を潜めて、誰かが言った。
「覚悟がある者だけ、まとめて買えって意味だろ?」
「……は?」
「覚悟だよ。欲しいなら、責任持って持っていけ、ってことだ」
周囲が、妙に納得したような顔になる。
「確かに……中途半端に買うな、って感じはする」
「じゃあ、少量しか買わない人は……?」
「“本気じゃない”って判断されるんじゃないか?」
どこからどう見ても、深読みだった。
◆
その日の販売。
条件は変わらない。
説明も、当然しない。
だが、来る人の様子が、明らかに変わっていた。
皆、妙に真剣な顔をしている。
「……五箱で、よろしいですか?」
「……ええ」
「……覚悟、足りないと思われませんか?」
エレナは一瞬、返答に詰まりかけたが、横からエオリアが淡々と答えた。
「思いませんわ」
「……!」
質問対応はしない、と書いてある。
だが、否定することまでは禁じていない。
その一言で、客は赤面し、慌てて去っていった。
別の者は、箱を十も抱えながら、緊張した面持ちで言った。
「……これだけ買えば、“選ばれた側”でしょうか?」
「存じませんわ」
エオリアは、心底どうでもよさそうに答える。
「ただ、減ってくれるのは助かります」
その返答は、理解されなかった。
むしろ――
「減らす……? 供給調整……?」
「やはり、市場を見ている……」
勝手に解釈されていく。
◆
その夜。
エレナは、ついに我慢できずに聞いた。
「お嬢様……誤解、されていると思います」
「そうですの?」
「かなり……。“哲学がある”“人を試している”“商才がある”と……」
エオリアは、しばらく考えたあと、静かに言った。
「……困ります?」
「いえ……特には……」
「では、放っておきましょう」
彼女は紅茶を飲み干す。
「私は、説明するために作っているのではありませんの」
「……はい」
「自分が美味しいものを食べたい。ただ、それだけですわ」
その結果、余る。
余るから、出す。
行列が嫌だから、条件を付ける。
それ以上の意味は、ない。
「人が勝手に意味を付けるのは、止められませんもの」
エオリアは、淡々と結論づけた。
「……それに」
最後に、ぽつりと。
「理解されないほうが、楽ですわ」
◆
翌日。
また新しい噂が流れていた。
「説明しないのが、“格”らしい」
「質問しない者だけが、真価を理解できるんだとか」
「やっぱり、普通の聖女じゃない……」
屋敷の中で、その声を聞きながら、エオリアは新しい配合表を眺めていた。
「……今日は少し甘さを戻しましょう」
外の評価など、どうでもいい。
彼女の世界は、
自分の舌と、静かな時間と、
勝手に増えていくチョコレートだけで、十分だった。
説明しない。
弁解しない。
迎合しない。
その沈黙が、また一つ、
余計な意味を生み出していくとも知らずに――。
エオリアは、今日も、何もしないまま、
自分のためだけに、チョコを味わっていた。
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