エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第8話 何もしないのに、勝手に整っていく

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第8話 何もしないのに、勝手に整っていく

 朝。

 エオリア・フロステリアは、いつもより少し遅く起きた。

「……よく寝ましたわ」

 それだけで、今日の予定はほぼ終わりだった。

 全自動チョコレート製造魔法は、すでに夜明け前から稼働している。
 カカオの選別、焙煎、精錬、成形、冷却――すべて、彼女が眠っている間に完了していた。

 彼女が起きた頃には、厨房の奥の保管庫に、今日の分がすでに整然と積み上がっている。

「……今日も、少し多いですわね」

 それ以上の感想はなかった。

 



 

 朝食後。

 エレナが帳面を抱えて現れる。

「お嬢様、昨日の販売ですが……」

「売れました?」

「はい。時間ぴったりに来て、時間ぴったりに終わりました」

「それは、よかったですわ」

「……あと、行列が自然に一列になっていました」

 エオリアは、少しだけ眉を上げた。

「管理は、していませんわよね?」

「はい。でも……」

 エレナは言いにくそうに続ける。

「前日に来た方が、“ここは静かに待つ場所だ”と、後ろの人に伝えていたようで……」

「……伝達?」

「はい。誰に頼まれたわけでもなく」

 エオリアは、少し考えたあと、結論を出した。

「……便利ですわね」

 それだけだった。

 



 

 昼前。

 屋敷の前には、今日も人が集まっていた。

 だが、騒がしくはない。
 声を荒げる者もいない。
 割り込みも、揉め事もない。

 ただ、時間まで静かに待ち、
 時間になったら淡々と買い、
 終わったら、何事もなかったかのように去っていく。

 エオリアは窓から一瞥し、すぐに視線を戻した。

「……人間、慣れるものですわね」

「慣れたというより……“学習した”感じです」

「どちらでも、構いませんわ」

 彼女にとって重要なのは、
 ・騒がれない
 ・急かされない
 ・説明しなくていい

 それだけだった。

 



 

 午後。

 エオリアは、出来たてのチョコを一つ割り、ゆっくり味わっていた。

「……今日は、これが一番ですわね」

 満足した表情で、残りを皿に戻す。

 当然、残りは大量にある。

「……また余りますわね」

「はい」

「……まぁ、いいでしょう」

 それ以上、考えない。

 余るのは、前提。
 作りたいから作る。
 食べたいから味見する。
 それで余った分が、外に流れる。

 順序は、最初から最後まで一貫している。

 



 

 夕方。

 エレナが、少し困った顔で戻ってきた。

「お嬢様……最近、“買えなかった人”が、文句を言わなくなりました」

「……良いことでは?」

「はい。ただ……」

「ただ?」

「“今日は買えなかったから、明日でいい”と言って、素直に帰る人が増えていまして……」

 エオリアは、しばし沈黙した。

「……毎日、同じ量を出していることは、伝わっているのですね」

「はい。“焦る必要がない”と、皆さん理解しているようです」

「それは……」

 一瞬だけ考えてから、静かに言う。

「……楽ですわね」

 競争がない。
 焦燥がない。
 奪い合いもない。

 ただ、欲しい人が、欲しいときに来る。

 彼女が意図したわけではない。
 だが、結果として――

「……静かですもの」

 



 

 夜。

 エオリアは、ソファに身を沈めながら、今日の最後の一口を口に入れた。

「……やはり、最初の配合が一番落ち着きますわ」

 満足。

 それで、今日は終わり。

 彼女は知らない。

 彼女が“何もしない”ことで、
 ・行列が整い
・転売が消え
・過剰な欲望が冷め

 この場所が、奇妙なほど穏やかな空間になっていることを。

 だが、知る必要もなかった。

「……明日は、少しミルクを増やしましょう」

 世界がどう変わろうと、
 彼女が考えることは、いつも同じ。

 ――自分が、美味しいと思えるかどうか。

 それだけを基準に、
 全自動の魔法は、今日も静かに回り続けていた。
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