エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第9話 甘さを選ぶのは、私ですわ

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第9話 甘さを選ぶのは、私ですわ

 朝。

 エオリア・フロステリアは、ゆっくりと紅茶を口に運びながら、鏡越しに自分の顔を眺めていた。

「……問題ありませんわね」

 何が問題なのかと問われれば、特に理由はない。
 ただ、今日もちゃんと自分の機嫌が良いかどうかを確認しただけだ。

 全自動チョコレート製造魔法は、今日も静かに稼働している。
 一定の温度、一定の湿度、一定の工程。
 乱れはない。過不足もない。

「……完璧ですわ」

 彼女が満足している以上、それで完成だった。

 



 

 午前。

 エレナが控えめに声をかけてくる。

「お嬢様、本日の販売準備ですが……」

「いつも通りで結構ですわ」

「時間は、昨日と同じで?」

「変える理由がありませんもの」

 それだけで話は終わった。

 新作の告知も、特別な宣伝もない。
 味の説明も、原材料の説明もない。

「……それで、不満は出ていませんか?」

「今のところは。“今日はどんな味か分からないから楽しみ”だそうです」

 エオリアは、ほんの一瞬だけ手を止めた。

「……勝手に楽しんでくださるのは、助かりますわね」

 説明しなくていい。
 期待に応えなくていい。
 期待されているかどうかも、気にしなくていい。

 彼女にとって、理想的な距離感だった。

 



 

 昼。

 エオリアは、新しく調整した配合のチョコレートを、ゆっくりと口に入れた。

「……甘さ、少し抑えすぎましたわね」

 一口目は良い。
 二口目で、少し物足りない。

「……次は、もう少しだけ、わがままに」

 彼女は、すぐに魔法陣の数値を書き換えた。

 糖度をわずかに上げ、
 香りの持続を延ばし、
 後味を長く残す。

 すべて、自分の舌のため。

「……これで、よし」

 再び出来上がったチョコを味見する。

「……ええ。これは、私の好みですわ」

 その時点で、評価は終わっている。

 



 

 午後。

 エレナが、少し困った顔で報告に来た。

「お嬢様……最近、“甘すぎないのが好き”という声と、“もっと甘い方がいい”という声が、半々ほどで……」

「……だから?」

「いえ、どちらに寄せるべきかと……」

 エオリアは、即答した。

「私に、ですわ」

「……はい?」

「甘さを決めるのは、私です。売るためでも、好かれるためでもありません」

 彼女は、淡々と言葉を重ねる。

「私が美味しいと思わないものを、量産する意味はありませんわ」

「……承知しました」

 エレナは、それ以上何も言わなかった。

 言えなかった、とも言える。

 



 

 夕方。

 販売は、今日も滞りなく終わった。

 売り切れた箱の数は、昨日とほぼ同じ。
 買えなかった人も、静かに帰っていく。

 誰も文句を言わない。
 誰も詰め寄らない。

「……平和ですわね」

 エオリアは、他人事のように呟いた。

 



 

 夜。

 ソファに身を沈め、最後の一粒を口に含む。

 甘い。
 けれど、くどくない。
 ちゃんと、今の自分に合っている。

「……やはり、私はこの甘さが好きですわ」

 満足。

 それ以上、望むものはない。

 彼女は知らない。
 彼女が「自分のためだけ」に選び続けた甘さが、
 いつの間にか“この場所の基準”になっていることを。

 だが、それで困るのは、周囲だけだ。

「……明日は、少しだけ、カカオ感を強くしましょう」

 恋のためでも、誰かの期待のためでもない。
 ただ、自分が美味しいと思えるかどうか。

 それだけを基準に、
 今日も彼女は、何もしないまま、選び続けていた。
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