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第9話 甘さを選ぶのは、私ですわ
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第9話 甘さを選ぶのは、私ですわ
朝。
エオリア・フロステリアは、ゆっくりと紅茶を口に運びながら、鏡越しに自分の顔を眺めていた。
「……問題ありませんわね」
何が問題なのかと問われれば、特に理由はない。
ただ、今日もちゃんと自分の機嫌が良いかどうかを確認しただけだ。
全自動チョコレート製造魔法は、今日も静かに稼働している。
一定の温度、一定の湿度、一定の工程。
乱れはない。過不足もない。
「……完璧ですわ」
彼女が満足している以上、それで完成だった。
◆
午前。
エレナが控えめに声をかけてくる。
「お嬢様、本日の販売準備ですが……」
「いつも通りで結構ですわ」
「時間は、昨日と同じで?」
「変える理由がありませんもの」
それだけで話は終わった。
新作の告知も、特別な宣伝もない。
味の説明も、原材料の説明もない。
「……それで、不満は出ていませんか?」
「今のところは。“今日はどんな味か分からないから楽しみ”だそうです」
エオリアは、ほんの一瞬だけ手を止めた。
「……勝手に楽しんでくださるのは、助かりますわね」
説明しなくていい。
期待に応えなくていい。
期待されているかどうかも、気にしなくていい。
彼女にとって、理想的な距離感だった。
◆
昼。
エオリアは、新しく調整した配合のチョコレートを、ゆっくりと口に入れた。
「……甘さ、少し抑えすぎましたわね」
一口目は良い。
二口目で、少し物足りない。
「……次は、もう少しだけ、わがままに」
彼女は、すぐに魔法陣の数値を書き換えた。
糖度をわずかに上げ、
香りの持続を延ばし、
後味を長く残す。
すべて、自分の舌のため。
「……これで、よし」
再び出来上がったチョコを味見する。
「……ええ。これは、私の好みですわ」
その時点で、評価は終わっている。
◆
午後。
エレナが、少し困った顔で報告に来た。
「お嬢様……最近、“甘すぎないのが好き”という声と、“もっと甘い方がいい”という声が、半々ほどで……」
「……だから?」
「いえ、どちらに寄せるべきかと……」
エオリアは、即答した。
「私に、ですわ」
「……はい?」
「甘さを決めるのは、私です。売るためでも、好かれるためでもありません」
彼女は、淡々と言葉を重ねる。
「私が美味しいと思わないものを、量産する意味はありませんわ」
「……承知しました」
エレナは、それ以上何も言わなかった。
言えなかった、とも言える。
◆
夕方。
販売は、今日も滞りなく終わった。
売り切れた箱の数は、昨日とほぼ同じ。
買えなかった人も、静かに帰っていく。
誰も文句を言わない。
誰も詰め寄らない。
「……平和ですわね」
エオリアは、他人事のように呟いた。
◆
夜。
ソファに身を沈め、最後の一粒を口に含む。
甘い。
けれど、くどくない。
ちゃんと、今の自分に合っている。
「……やはり、私はこの甘さが好きですわ」
満足。
それ以上、望むものはない。
彼女は知らない。
彼女が「自分のためだけ」に選び続けた甘さが、
いつの間にか“この場所の基準”になっていることを。
だが、それで困るのは、周囲だけだ。
「……明日は、少しだけ、カカオ感を強くしましょう」
恋のためでも、誰かの期待のためでもない。
ただ、自分が美味しいと思えるかどうか。
それだけを基準に、
今日も彼女は、何もしないまま、選び続けていた。
朝。
エオリア・フロステリアは、ゆっくりと紅茶を口に運びながら、鏡越しに自分の顔を眺めていた。
「……問題ありませんわね」
何が問題なのかと問われれば、特に理由はない。
ただ、今日もちゃんと自分の機嫌が良いかどうかを確認しただけだ。
全自動チョコレート製造魔法は、今日も静かに稼働している。
一定の温度、一定の湿度、一定の工程。
乱れはない。過不足もない。
「……完璧ですわ」
彼女が満足している以上、それで完成だった。
◆
午前。
エレナが控えめに声をかけてくる。
「お嬢様、本日の販売準備ですが……」
「いつも通りで結構ですわ」
「時間は、昨日と同じで?」
「変える理由がありませんもの」
それだけで話は終わった。
新作の告知も、特別な宣伝もない。
味の説明も、原材料の説明もない。
「……それで、不満は出ていませんか?」
「今のところは。“今日はどんな味か分からないから楽しみ”だそうです」
エオリアは、ほんの一瞬だけ手を止めた。
「……勝手に楽しんでくださるのは、助かりますわね」
説明しなくていい。
期待に応えなくていい。
期待されているかどうかも、気にしなくていい。
彼女にとって、理想的な距離感だった。
◆
昼。
エオリアは、新しく調整した配合のチョコレートを、ゆっくりと口に入れた。
「……甘さ、少し抑えすぎましたわね」
一口目は良い。
二口目で、少し物足りない。
「……次は、もう少しだけ、わがままに」
彼女は、すぐに魔法陣の数値を書き換えた。
糖度をわずかに上げ、
香りの持続を延ばし、
後味を長く残す。
すべて、自分の舌のため。
「……これで、よし」
再び出来上がったチョコを味見する。
「……ええ。これは、私の好みですわ」
その時点で、評価は終わっている。
◆
午後。
エレナが、少し困った顔で報告に来た。
「お嬢様……最近、“甘すぎないのが好き”という声と、“もっと甘い方がいい”という声が、半々ほどで……」
「……だから?」
「いえ、どちらに寄せるべきかと……」
エオリアは、即答した。
「私に、ですわ」
「……はい?」
「甘さを決めるのは、私です。売るためでも、好かれるためでもありません」
彼女は、淡々と言葉を重ねる。
「私が美味しいと思わないものを、量産する意味はありませんわ」
「……承知しました」
エレナは、それ以上何も言わなかった。
言えなかった、とも言える。
◆
夕方。
販売は、今日も滞りなく終わった。
売り切れた箱の数は、昨日とほぼ同じ。
買えなかった人も、静かに帰っていく。
誰も文句を言わない。
誰も詰め寄らない。
「……平和ですわね」
エオリアは、他人事のように呟いた。
◆
夜。
ソファに身を沈め、最後の一粒を口に含む。
甘い。
けれど、くどくない。
ちゃんと、今の自分に合っている。
「……やはり、私はこの甘さが好きですわ」
満足。
それ以上、望むものはない。
彼女は知らない。
彼女が「自分のためだけ」に選び続けた甘さが、
いつの間にか“この場所の基準”になっていることを。
だが、それで困るのは、周囲だけだ。
「……明日は、少しだけ、カカオ感を強くしましょう」
恋のためでも、誰かの期待のためでもない。
ただ、自分が美味しいと思えるかどうか。
それだけを基準に、
今日も彼女は、何もしないまま、選び続けていた。
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