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第10話 働いていないのに、勝手に評価されるのは心外ですわ
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第10話 働いていないのに、勝手に評価されるのは心外ですわ
朝。
エオリア・フロステリアは、いつもより少し遅めに目を覚ました。
「……今日は、よく眠れましたわ」
それだけで、良い一日になる予感がする。
人の評価でも、売上でもない。
睡眠の質こそが、彼女にとって最重要事項だった。
寝室を出ると、すでに屋敷の内部は快適な温度と湿度に保たれている。
エアコン魔法は完璧に稼働中。
屋敷の外がどれほど蒸し暑かろうと、彼女には関係ない。
「……外の様子は?」
紅茶を淹れながら、エレナに尋ねる。
「本日も、販売時間前から人が集まり始めています」
「……早起きですわね」
感心ではなく、純粋な疑問だった。
◆
午前。
全自動チョコレート製造魔法は、淡々と作業を続けている。
型に流され、冷却され、整えられ、箱に収められる。
人の手は、ほとんど介在しない。
エオリアは、その様子をソファに座って眺めながら、試作品をひとつ口に入れた。
「……昨日より、ほんの少し苦味が立ちましたわね」
不満ではない。
だが、理想とも違う。
「……明日は、戻しましょう」
それだけ決めて、彼女はもう関心を失った。
◆
昼前。
屋敷の応接室に、見慣れない客が通されてきた。
王都から派遣されたという、商業ギルドの使者だった。
「突然の訪問、失礼いたします。エオリア様」
「要件は、簡潔に」
椅子に深く腰掛けたまま、立ち上がりもしない。
相手は一瞬言葉に詰まったが、咳払いして話し始めた。
「近頃、こちらのチョコレートが市場に大きな影響を与えておりまして……価格の安定性、供給量、販売方式について、正式な見解を――」
「ありませんわ」
「……はい?」
「見解も、方針も、意図も。特にありません」
エオリアは、あくまで穏やかに言った。
「私が食べたい分を作って、余ったものを売っているだけです」
「ですが、その“余り”が……」
「大量ですわね。ええ、それは否定しません」
だが、そこで肩をすくめる。
「けれど、減らす理由もありませんでしょう?」
◆
使者は、少し焦ったように言葉を重ねた。
「すでに“聖女のチョコ基準”なる言葉まで生まれておりまして……他の菓子職人たちが価格競争に耐えられないと……」
「……基準?」
エオリアは、はっきりと眉をひそめた。
「勝手に決めないでくださいな」
「い、いえ、これは市場の声でして……」
「私は、市場の責任など持ちませんわ」
冷たい声でも、怒気でもない。
ただ、完全な切り分けだった。
「私が考えるのは、“今日のチョコが美味しいかどうか”だけです」
「……それでも、結果として多くの人が――」
「結果論ですわ」
きっぱりと遮る。
「私が働いていないのに、勝手に評価されるのは、心外です」
◆
沈黙。
使者は、これ以上踏み込めないと悟ったのか、早々に引き下がった。
扉が閉じたあと、エレナが小さく息を吐く。
「……お嬢様、かなりの影響力になっています」
「迷惑ですわ」
即答だった。
「責任も、期待も、全部。面倒なだけです」
「それでも……皆、お嬢様のチョコを楽しみにしていて……」
「それは、それ。これは、これ」
エオリアは紅茶を一口飲み、はっきり言い切る。
「私は、私のために作ります。それ以上でも以下でもありません」
◆
夕方。
今日の販売も、いつも通り終わった。
並ぶ人は多いが、混乱はない。
買えなかった者も、明日を待つ。
“いつでもある”という安心感が、焦りを消していた。
◆
夜。
エオリアはベッドに横になり、今日最後の一粒を口に含む。
「……やっぱり、少し苦味が強いですわね」
明日の調整点が、頭の中に浮かぶ。
市場も、評価も、噂も、彼女の視界には入らない。
ただ、自分の舌と気分だけ。
「……明日は、もっと気楽にいきましょう」
働いていない。
努力もしていないつもりだ。
それでも世界が勝手に動くのなら――
それは、彼女の知ったことではなかった。
エオリア・フロステリアは、今日も何もしないまま、
自分の甘さだけを守り続けていた。
朝。
エオリア・フロステリアは、いつもより少し遅めに目を覚ました。
「……今日は、よく眠れましたわ」
それだけで、良い一日になる予感がする。
人の評価でも、売上でもない。
睡眠の質こそが、彼女にとって最重要事項だった。
寝室を出ると、すでに屋敷の内部は快適な温度と湿度に保たれている。
エアコン魔法は完璧に稼働中。
屋敷の外がどれほど蒸し暑かろうと、彼女には関係ない。
「……外の様子は?」
紅茶を淹れながら、エレナに尋ねる。
「本日も、販売時間前から人が集まり始めています」
「……早起きですわね」
感心ではなく、純粋な疑問だった。
◆
午前。
全自動チョコレート製造魔法は、淡々と作業を続けている。
型に流され、冷却され、整えられ、箱に収められる。
人の手は、ほとんど介在しない。
エオリアは、その様子をソファに座って眺めながら、試作品をひとつ口に入れた。
「……昨日より、ほんの少し苦味が立ちましたわね」
不満ではない。
だが、理想とも違う。
「……明日は、戻しましょう」
それだけ決めて、彼女はもう関心を失った。
◆
昼前。
屋敷の応接室に、見慣れない客が通されてきた。
王都から派遣されたという、商業ギルドの使者だった。
「突然の訪問、失礼いたします。エオリア様」
「要件は、簡潔に」
椅子に深く腰掛けたまま、立ち上がりもしない。
相手は一瞬言葉に詰まったが、咳払いして話し始めた。
「近頃、こちらのチョコレートが市場に大きな影響を与えておりまして……価格の安定性、供給量、販売方式について、正式な見解を――」
「ありませんわ」
「……はい?」
「見解も、方針も、意図も。特にありません」
エオリアは、あくまで穏やかに言った。
「私が食べたい分を作って、余ったものを売っているだけです」
「ですが、その“余り”が……」
「大量ですわね。ええ、それは否定しません」
だが、そこで肩をすくめる。
「けれど、減らす理由もありませんでしょう?」
◆
使者は、少し焦ったように言葉を重ねた。
「すでに“聖女のチョコ基準”なる言葉まで生まれておりまして……他の菓子職人たちが価格競争に耐えられないと……」
「……基準?」
エオリアは、はっきりと眉をひそめた。
「勝手に決めないでくださいな」
「い、いえ、これは市場の声でして……」
「私は、市場の責任など持ちませんわ」
冷たい声でも、怒気でもない。
ただ、完全な切り分けだった。
「私が考えるのは、“今日のチョコが美味しいかどうか”だけです」
「……それでも、結果として多くの人が――」
「結果論ですわ」
きっぱりと遮る。
「私が働いていないのに、勝手に評価されるのは、心外です」
◆
沈黙。
使者は、これ以上踏み込めないと悟ったのか、早々に引き下がった。
扉が閉じたあと、エレナが小さく息を吐く。
「……お嬢様、かなりの影響力になっています」
「迷惑ですわ」
即答だった。
「責任も、期待も、全部。面倒なだけです」
「それでも……皆、お嬢様のチョコを楽しみにしていて……」
「それは、それ。これは、これ」
エオリアは紅茶を一口飲み、はっきり言い切る。
「私は、私のために作ります。それ以上でも以下でもありません」
◆
夕方。
今日の販売も、いつも通り終わった。
並ぶ人は多いが、混乱はない。
買えなかった者も、明日を待つ。
“いつでもある”という安心感が、焦りを消していた。
◆
夜。
エオリアはベッドに横になり、今日最後の一粒を口に含む。
「……やっぱり、少し苦味が強いですわね」
明日の調整点が、頭の中に浮かぶ。
市場も、評価も、噂も、彼女の視界には入らない。
ただ、自分の舌と気分だけ。
「……明日は、もっと気楽にいきましょう」
働いていない。
努力もしていないつもりだ。
それでも世界が勝手に動くのなら――
それは、彼女の知ったことではなかった。
エオリア・フロステリアは、今日も何もしないまま、
自分の甘さだけを守り続けていた。
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