エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第10話 働いていないのに、勝手に評価されるのは心外ですわ

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第10話 働いていないのに、勝手に評価されるのは心外ですわ

 朝。

 エオリア・フロステリアは、いつもより少し遅めに目を覚ました。

「……今日は、よく眠れましたわ」

 それだけで、良い一日になる予感がする。
 人の評価でも、売上でもない。
 睡眠の質こそが、彼女にとって最重要事項だった。

 寝室を出ると、すでに屋敷の内部は快適な温度と湿度に保たれている。
 エアコン魔法は完璧に稼働中。
 屋敷の外がどれほど蒸し暑かろうと、彼女には関係ない。

「……外の様子は?」

 紅茶を淹れながら、エレナに尋ねる。

「本日も、販売時間前から人が集まり始めています」

「……早起きですわね」

 感心ではなく、純粋な疑問だった。

 



 

 午前。

 全自動チョコレート製造魔法は、淡々と作業を続けている。

 型に流され、冷却され、整えられ、箱に収められる。
 人の手は、ほとんど介在しない。

 エオリアは、その様子をソファに座って眺めながら、試作品をひとつ口に入れた。

「……昨日より、ほんの少し苦味が立ちましたわね」

 不満ではない。
 だが、理想とも違う。

「……明日は、戻しましょう」

 それだけ決めて、彼女はもう関心を失った。

 



 

 昼前。

 屋敷の応接室に、見慣れない客が通されてきた。

 王都から派遣されたという、商業ギルドの使者だった。

「突然の訪問、失礼いたします。エオリア様」

「要件は、簡潔に」

 椅子に深く腰掛けたまま、立ち上がりもしない。

 相手は一瞬言葉に詰まったが、咳払いして話し始めた。

「近頃、こちらのチョコレートが市場に大きな影響を与えておりまして……価格の安定性、供給量、販売方式について、正式な見解を――」

「ありませんわ」

「……はい?」

「見解も、方針も、意図も。特にありません」

 エオリアは、あくまで穏やかに言った。

「私が食べたい分を作って、余ったものを売っているだけです」

「ですが、その“余り”が……」

「大量ですわね。ええ、それは否定しません」

 だが、そこで肩をすくめる。

「けれど、減らす理由もありませんでしょう?」

 



 

 使者は、少し焦ったように言葉を重ねた。

「すでに“聖女のチョコ基準”なる言葉まで生まれておりまして……他の菓子職人たちが価格競争に耐えられないと……」

「……基準?」

 エオリアは、はっきりと眉をひそめた。

「勝手に決めないでくださいな」

「い、いえ、これは市場の声でして……」

「私は、市場の責任など持ちませんわ」

 冷たい声でも、怒気でもない。
 ただ、完全な切り分けだった。

「私が考えるのは、“今日のチョコが美味しいかどうか”だけです」

「……それでも、結果として多くの人が――」

「結果論ですわ」

 きっぱりと遮る。

「私が働いていないのに、勝手に評価されるのは、心外です」

 



 

 沈黙。

 使者は、これ以上踏み込めないと悟ったのか、早々に引き下がった。

 扉が閉じたあと、エレナが小さく息を吐く。

「……お嬢様、かなりの影響力になっています」

「迷惑ですわ」

 即答だった。

「責任も、期待も、全部。面倒なだけです」

「それでも……皆、お嬢様のチョコを楽しみにしていて……」

「それは、それ。これは、これ」

 エオリアは紅茶を一口飲み、はっきり言い切る。

「私は、私のために作ります。それ以上でも以下でもありません」

 



 

 夕方。

 今日の販売も、いつも通り終わった。

 並ぶ人は多いが、混乱はない。
 買えなかった者も、明日を待つ。

 “いつでもある”という安心感が、焦りを消していた。

 



 

 夜。

 エオリアはベッドに横になり、今日最後の一粒を口に含む。

「……やっぱり、少し苦味が強いですわね」

 明日の調整点が、頭の中に浮かぶ。

 市場も、評価も、噂も、彼女の視界には入らない。

 ただ、自分の舌と気分だけ。

「……明日は、もっと気楽にいきましょう」

 働いていない。
 努力もしていないつもりだ。

 それでも世界が勝手に動くのなら――
 それは、彼女の知ったことではなかった。

 エオリア・フロステリアは、今日も何もしないまま、
 自分の甘さだけを守り続けていた。
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