エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

文字の大きさ
11 / 40

第11話 何も広める気はありませんが、勝手に広がるようですわね

しおりを挟む
第11話 何も広める気はありませんが、勝手に広がるようですわね

 朝。

 エオリア・フロステリアは、いつも通りの時間に目を覚ました。
 正確には――自分が「起きたい」と思った時間である。

「……よく寝ましたわ」

 それだけで、今日も合格。
 世間がどう動こうと、彼女の一日はこの一言で決まる。

 寝室を出ると、屋敷の中は完璧な環境だった。
 温度、湿度、空気の流れ――すべてが“不快にならない範囲”に収まっている。

「外は今日も暑いそうです」

 エレナが淡々と報告する。

「でしょうね。……出ませんわよ?」

「承知しています」

 



 

 午前。

 全自動チョコレート製造魔法は、今日も黙々と稼働していた。

 作る。
 冷やす。
 包む。

 同じ工程を、延々と。

 エオリアはソファに座り、試作品をひとつ口に運ぶ。

「……あら、今日はいいですわ」

 昨日調整した苦味が、ちょうど良い。
 舌が満足すれば、それで十分だった。

 結果として、また大量に出来上がるのだが――
 それは、あくまで副産物である。

 



 

 昼前。

 エレナが、少しだけ言いにくそうに報告してきた。

「お嬢様……最近、“ファーレ式”という言葉が広まっているようで……」

「……何ですの、それ」

「購入制限を設けず、毎日同量を淡々と販売する方式のことを、そう呼んでいるそうです」

 エオリアは、はっきりと嫌そうな顔をした。

「名前を付けないでくださいな」

「皆さん、参考にしたいと……」

「参考にされても困りますわ」

 溜息ひとつ。

「私、何かを広めるつもりは一切ありません」

 



 

 さらに、エレナは続ける。

「他領の商人や菓子職人が、“見学したい”と……」

「断って」

「すでに断っています」

「よろしいですわ」

 エオリアは紅茶を一口飲み、冷静に言った。

「私のやり方は、真似する価値がありませんもの」

「……そうでしょうか」

「ええ。だって――」

 指先でチョコをつまみ、淡々と告げる。

「私は、利益も、評判も、将来性も考えていません」

「……」

「“自分が美味しいと思うものを、自分のために作る”。それだけです」

 



 

 午後。

 今日の販売準備が進む。

 販売は一日一回。
 時間は固定。
 購入は一人一回。量は自由。
 説明なし。質問対応なし。

 すでに、買う側もそれを理解していた。

「買えなくても、明日でいい」

 そんな空気が、自然と出来上がっている。

 エオリアは、その様子を窓越しにちらりと見ただけで、興味を失った。

「……行列が短いのは、良いことですわ」

「揉め事もありません」

「それなら、問題なしです」

 



 

 夕方。

 屋敷に、一通の手紙が届いた。

 王都の貴族夫人からだった。

『あなたのチョコのおかげで、毎日が少し楽しみになりました』

「……」

 エオリアは、一瞬だけ手紙を見つめ、そして机に置いた。

「感想は、不要ですわ」

 冷たいわけではない。
 ただ、必要がないのだ。

 



 

 夜。

 エオリアは今日最後のチョコをゆっくり味わう。

「……うん。今日は、合格」

 それだけで、満足だった。

 外でどれほど評判になろうと、
 どれほど“流行”と呼ばれようと。

「私は、何も広めていません」

 そう、静かに結論づける。

 ――ただ、自分のために作っているだけ。

 それが勝手に広がるのなら、
 それは、世界の都合というものだ。

 エオリア・フロステリアは、
 今日も何もしないまま、
 自分の甘さだけを守って眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

処理中です...