『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ～王太子ざまぁはご褒美です～』

第4話「家を出る決意」

「……ねぇ、ミーナ。質問があるのだけれど」

「なんでしょうか、お嬢様」

　部屋に差し込む月明かりの下で、リオネッタは静かに紅茶を口に運びながら言った。

「“親”って、娘が不幸になるように仕向ける存在だったかしら？」

　ミーナは答えられなかった。ただ、手にしたティーカップが震えていた。

　先ほどの家族会議――。

　リオネッタは王太子から婚約破棄されたことを報告した。父は一言、「で？」と返し、母は「恥をさらさないよう、今後は屋敷から出ないことね」と命じた。兄はまるで関心がないように、冷めた目で席を立った。

　婚約破棄され、未来が閉ざされたと思われた娘に対して、誰ひとり温かい言葉をかけなかった。

　――いや、違う。リオネッタにとっては、むしろ未来が開けた瞬間だったのに。

「この家にいたら、私は一生、誰かの操り人形だわ。何も選べず、何も断れず、“優秀な娘”の仮面だけを貼り続けることになる」

　リオネッタはスカートの裾を握りしめた。

「……私は、私の人生を生きたいの」

　それは、貴族令嬢が軽々しく口にできる言葉ではなかった。
　だが――婚約破棄という“失墜”を経験した今だからこそ、言える。

「出ていくわ。この家から」

「お嬢様……！」

　ミーナの目に、涙が浮かんだ。

「無理をして、抑え込んで、笑ってこらえて……それでも、ずっと耐えてきたお嬢様が……やっと……！」

　リオネッタはにっこりと笑った。

「大丈夫よ。私は弱くなんてないわ。ただちょっと、お茶と猫とお昼寝の似合う人生が送りたいだけ」

「さすがでございます……！」

　ミーナは泣き笑いになりながら、ティーカップを掲げる。

「では、その自由への門出に、乾杯を」

「乾杯！」

　かすかに触れたカップの音が、静かな部屋に響く。

　その夜、リオネッタは衣装ダンスから数着の実用的なドレスを選び、貴族らしからぬ地味なトランクに詰め始めた。

　その様子を見ながら、ミーナはぽつりとつぶやく。

「……でも、どこへ行かれるおつもりですか？」

「それを考えるために、明日から本気出すわ。まずは、“実家よりマシなところ”を基準にすれば……候補はいくらでもあるでしょう？」

　それは、なんとも自由な発想だった。

　だが、リオネッタには確信があった。
　この一歩が、自分の人生を取り戻す第一歩になると。

　そしてその直後――。

「リオネッタ様、お急ぎください！」

　屋敷の廊下に走る足音と共に、執事が慌ただしく扉を叩く。

「アイザック伯爵の使者が、婚儀の申し入れを携えてお越しです！」

　リオネッタは目を瞬かせた。

「……白馬の王子って、予告なく来るものなのね」

「お嬢様っ、それフラグですっ！」

　そんな軽口と共に、リオネッタの“新しい人生”は、予想よりもずっと早く幕を開けようとしていた。


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