『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾

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第5話「伯爵家からの突然の提案」

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「お嬢様、お目通りの準備が整いました」

 ミーナの声に、リオネッタはゆっくりと立ち上がった。

 応接間へ向かう足取りは優雅そのものだったが、内心は、いつになく落ち着かない。

(アイザック伯爵家のご令息が、直々に? しかも私に“話がある”って……一体なに?)

 まさか「新しいお見合い」などという悪夢ではないことを祈りながら、リオネッタは扉を開いた。

 そこにいたのは――。

 落ち着いた栗色の髪に、穏やかだが芯の強さを感じさせる瞳をした青年だった。

「初めまして。アイザック伯爵家の長男、クリストファー・アイザックです」

「エルバーナ公爵令嬢、リオネッタ・フィオレと申します。ご丁寧にありがとうございます」

 完璧な貴族式の挨拶を交わしたその瞬間、クリストファー――クリスは苦笑を浮かべて言った。

「そんなに肩肘張らなくて結構です。今日は……“求婚”に来たわけではないので」

「……え?」

 その言葉に、リオネッタの目が見開かれる。

(えっ、“ではない”? ってことは……何?)

 クリスは真っすぐにリオネッタを見つめた。

「公爵令嬢が王太子に婚約破棄される――それは政治的にも大きな出来事です。私どもの伯爵家としても、無視できない動きでした」

「……左様でございますか」

 声は自然に出たが、内心では(面倒くさい話になりませんように)と祈っていた。

 しかし。

「あなたのご様子を拝見して、私は決めました。もし、あなたが望まれるのなら――」

 彼はスッと懐から一枚の文書を差し出した。

「“白い結婚契約”を、私たちの間で結びませんか?」

 リオネッタは、思わず手にしていた扇子を落としそうになった。

「し、白い結婚……ですって?」

「はい。婚姻関係にはなりますが、恋愛も干渉も不要。お互いの自由を保証し、必要があればいつでも解消可能な、完全契約型の関係です」

(えっ、それ……理想の生活では……!?)

 驚きと同時に、脳内で花が咲いた。

 誰にも干渉されず、束縛もなく、義務も最低限……!
 そんな契約、あっていいの!? というレベルの提案だった。

 だが、理性が冷静さを取り戻し始める。

「なぜ、私に? 王太子に“捨てられた女”に、あなたが関わる理由は……?」

 クリスはその問いに、穏やかに、そして明快に答えた。

「あなたは、捨てられたのではなく、“呪縛から解き放たれた”ように私には見えました。あの方の隣にいるあなたは、まるで仮面を被っているようだった」

「……」

「でもいま、ここでのあなたは――きっと、本当の顔をしている」

 リオネッタは言葉を失った。
 誰も気づかなかった、自分の“素顔”を、初対面のこの青年は見抜いていたのだ。

「もちろん、今すぐ決断を求めるつもりはありません。ただ……もしあなたが、自由を望むのなら。私たちの伯爵家は、あなたの味方になります」

 彼の瞳は、まっすぐだった。
 打算も下心も感じない、真摯な申し出。

 リオネッタはそっと息を吐く。

「……そんな契約、夢みたいですわ」

「夢でも幻でもありません。これは、あなたの人生の“選択肢”です」

 そう言って立ち上がるクリスに、リオネッタは小さく笑った。

「わかりました。……考えさせてください」

「ええ。お待ちしています、リオネッタ様」

 そして、青年は静かに去っていった。

 扉が閉まったあと――。

「…………これ、絶対に逃しちゃダメなやつじゃない?」

 ぽつりとこぼしたその言葉に、ミーナがうんうんとうなずいていた。
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