働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第1話 働かなくていいって、最高ですわ!

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第1話 働かなくていいって、最高ですわ!


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 目を覚ました瞬間、セーラは理解した。
 ――あ、これ、転生してる。

 天蓋付きのふかふかベッド。絹のカーテン。見慣れないけれど、なぜか「当然」と思える部屋。
 何より、身体が軽い。あの、肩に鉛を載せたような疲労感が、どこにもない。

 「……夢じゃない、わよね」

 ゆっくりと起き上がり、両手を見つめる。白く、細く、よく手入れされた指。
 その瞬間、脳裏に――前世の記憶が一気に流れ込んできた。

 終電。残業。休日出勤。
 評価されない努力。減らない仕事。増える責任。
 恋愛どころか、まともに眠る時間すら奪われ続けた人生。

 ――ああ、私、死んだんだ。

 過労で倒れ、病院の白い天井を見上げた、あの最後の記憶。
 それが、はっきりと蘇った。

 「……よし」

 セーラは、ベッドの上で小さく拳を握った。

 「今度こそ、働かない」

 声に出して宣言する。

 「絶対に、働かない。誰がなんと言おうと、私はもう働きません」

 頑張った結果が“過労死”だった人生に、もう未練はない。
 転生したなら、今度こそ――楽をする。

 その決意を裏付けるように、部屋の扉がノックされた。

 「セーラ様、お目覚めでございますか?」

 現れたのは、完璧な所作のメイドだった。

 「本日は、ご結婚後初の朝でございます。旦那様は、すでにお仕事へ向かわれました」

 ……結婚?

 セーラは、ほんの一瞬だけ思考を止め、次の瞬間には冷静に状況を把握していた。

 「政略結婚、ですわね」

 口にすると、不思議としっくりくる。

 名門貴族の夫。
 愛はないが、問題もない。
 そして――

 「奥様は、特にお仕事をなさる必要はございません、と旦那様より言付かっております」

 その言葉を聞いた瞬間。

 セーラの脳内で、花火が上がった。

 「……まあ!」

 思わず声が弾む。

 「働かなくていいのですか?」

 「はい。旦那様は、『君は自由に過ごしてくれて構わない』と」

 「最高ですわ……!」

 セーラは、心の底から安堵した。

 働かなくていい。
 責任もない。
 評価も、ノルマも、締切も、上司もいない。

 「紅茶と読書と昼寝……優雅な貴族夫人ライフ……!」

 それこそが、彼女の求めていた理想だった。

 朝食は完璧。
 使用人たちは丁寧で、誰も彼女に期待しない。
 「何もしない奥様」という立場は、驚くほど居心地がよかった。

 ――これよ。これが正解。

 セーラは、庭を眺めながら紅茶を飲み、ふう、と息をついた。

 「私は、もう十分頑張ったもの」

 この世界では、誰かの役に立たなくてもいい。
 成果を出さなくてもいい。
 生きているだけで、許される。

 そう思っていた――この時点では。

 しかし。

 その視線が、ふと机の上に積まれた一冊の帳簿に向いたのは、ほんの偶然だった。

 「……?」

 暇つぶしのつもりで、手に取る。
 ぱらり、とめくった瞬間。

 セーラは、ぴたりと動きを止めた。

 「……え?」

 数字の並び。
 収支の書き方。
 曖昧な分類、合わない計算。

 ――これ、ひどくない?

 胸の奥が、ぞわりとした。

 「いえ、いえいえいえ」

 セーラは、慌てて帳簿を閉じる。

 「私は働かないって決めたの。見なかったことにするのが正解よ」

 そう。
 気づいてしまったら、終わりだ。

 彼女は深呼吸し、紅茶を一口飲む。

 「……見なかった。見なかったわ」

 だが、その胸の奥に残った小さな違和感は――
 まだ、静かに消えてはくれなかった。

 それが、すべての始まりだと知るのは、もう少し先の話である。
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