働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第2話 何もしない奥様、想定外に重宝される

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第2話 何もしない奥様、想定外に重宝される


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 結論から言えば――
 何もしない貴族夫人という立場は、想像以上に楽だった。

 朝はゆっくり起きて、紅茶を飲み、庭を眺める。
 気が向いたら読書。疲れたら昼寝。
 誰にも急かされず、誰にも期待されず、誰にも評価されない。

 「……天国ですわ」

 セーラは、柔らかなソファに身を預けながら、心の底からそう思った。

 使用人たちも、決して彼女に仕事を振ろうとはしない。
 むしろ、必要以上に気を遣ってくれる。

 「奥様、本日はお加減いかがでしょうか?」  「お疲れではございませんか?」  「こちらは私どもで片付けますので、どうぞごゆっくり」

 ――そう、それでいいの。

 前世では、「暇そう=仕事を押し付けていい人」だった。
 しかし今世では違う。

 「何もしない奥様」は、立派な役割なのだ。

 セーラは満足そうに頷いた。

 「私は、ただ存在していればいいのね」

 その考えは、完全に間違っているわけではなかった。

 なぜなら――
 彼女が何もしないこと自体が、屋敷にとって“想定外の安定”をもたらしていたからだ。

 例えば。

 昼下がり、メイド長が恐る恐る話しかけてきた。

 「奥様……少しよろしいでしょうか?」

 「ええ、どうしましたの?」

 「実は……旦那様の執務時間について、ご相談がございまして……」

 セーラは、内心で首を傾げた。

 自分は働かないと決めた。
 だから、口を出すつもりはない。

 「私は何もしませんけれど、それでよろしければ」

 そう前置きした上で、話だけは聞く。

 すると、メイド長はほっとしたように続けた。

 「旦那様は、昔から仕事熱心でいらっしゃいまして……。つい、ご自身で全てを抱え込まれるのです」

 ――ああ、前世の私と同じ。

 セーラは、思わず遠い目をした。

 「それで、奥様が何も口出しなさらないお姿を見て、旦那様も……」

 「……も?」

 「少しずつ、仕事を部下に任せるようになられました」

 「え?」

 セーラは、思わず聞き返した。

 「奥様が“何もしない”ことで、旦那様がご自身のやり方を見直されたようなのです」

 ――え、私、何もしてないのに?

 セーラは、心の中で驚愕した。

 だが、メイド長は続ける。

 「以前は、『自分がやらねば』と無理をなさっていたのですが……」  「今は、『自分が倒れたら奥様が悲しむ』と仰いまして」

 セーラは、ぴたりと動きを止めた。

 「……え?」

 「奥様が穏やかに過ごしていらっしゃるのを見て、旦那様も肩の力が抜けたのだと思います」

 その言葉に、セーラは言葉を失った。

 ――私、ただ昼寝してただけなんですけど!?

 何もしない。
 口出ししない。
 期待しない。

 それが、結果的に――

 「屋敷全体の空気が、とても柔らかくなりました」

 メイド長は、心から嬉しそうにそう言った。

 セーラは、少しだけ胸の奥がむず痒くなるのを感じた。

 前世では、頑張らないと価値がないと思っていた。
 役に立たなければ、存在してはいけないと思っていた。

 でも――

 「何もしないことで、誰かの負担が減ることもあるのね……」

 ぽつりと呟くと、メイド長は優しく微笑んだ。

 「奥様がいてくださるだけで、皆、救われております」

 ……やめて。
 そう言われると、罪悪感が芽生える。

 「私は、働かないって決めたのに」

 その夜。

 セーラは、ひとりで考え込んでいた。

 ――何もしない。  ――口出ししない。  ――関わらない。

 それは、前世で自分を守るために覚えた、逃げの姿勢でもあった。

 「でも……」

 ふと、机の端に置かれた帳簿が視界に入る。

 昨日は“見なかったこと”にした、それ。

 「私は、関わらなくていい」

 そう言い聞かせる。

 「でも……見てしまったのも事実なのよね」

 指先が、無意識に帳簿へ伸びかけ――
 はっとして引っ込める。

 「違う、違うわ」

 セーラは、深く息を吐いた。

 「私は“働かない奥様”なんだから」

 だが同時に、胸の奥で小さな声が囁いていた。

 ――本当に、何もしなくていいの?

 その問いに、まだ答えは出ない。

 けれど。

 彼女が「何もしない」ことが、
 すでに周囲に影響を与え始めていることだけは――

 この時点で、確かな事実だった。

 そしてそれは、
 “完全な無関与”が、もう許されない未来への、
 小さな予兆でもあった。
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