働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第9話 自由にしていいと言われた結果

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第9話 自由にしていいと言われた結果


---

 「君は、好きにしていい」

 それは、結婚したその日にリチャードがくれた言葉だった。

 ――自由にしていい。
 ――働かなくていい。
 ――何も背負わなくていい。

 セーラは、その言葉を今でもはっきり覚えている。

 なのに。

 「奥様、この書類ですが……」

 「奥様、こちらの判断を……」

 「奥様、念のためお耳に入れておきたい件が……」

 セーラは、ソファに座ったまま、じっと天井を見上げた。

 (自由って、何でしたかしら)

 (“何もしなくていい”と、“何でも相談される”は、違いますわよね?)

 彼女は、ゆっくりと紅茶を一口飲む。

 「……私は、自由です」

 自分に言い聞かせるように呟いた。

 「何も強制されていません」

 「断ろうと思えば、断れます」

 「逃げようと思えば、逃げられます」

 ――実際、誰も命じていない。

 ただ。

 「奥様がどうお考えか、知りたいだけです」

 この一言が、すべてを狂わせていた。

 午前中。

 屋敷の若い使用人が、恐る恐る相談に来た。

 「奥様……あの……」

 「どうしましたの?」

 「仕事の進め方で、少し悩んでおりまして……」

 セーラは、首を傾げる。

 「責任者は、あなたの上司でしょう?」

 「はい……ですが……」

 彼は、言いにくそうに続けた。

 「奥様なら、“どう考えるか”を教えてくださると思って……」

 (またですわ)

 (“どう考えるか”案件です)

 セーラは、少しだけ考えてから答えた。

 「……間違えても、あなたの価値が下がるわけではありません」

 「ですから、“一番納得できる選択”をなさい」

 「結果は、結果です」

 「それ以上でも以下でもありません」

 若い使用人は、目を見開いた。

 「……はい!」

 そして、晴れやかな顔で去っていった。

 (今の、仕事でした?)

 (助言?人生相談?)

 午後。

 商人ギルドからの報告書が届く。

 セーラは、開かずに脇へ置いた。

 「確認は、専門家がすればよろしいですわ」

 執事は、少し困ったように微笑む。

 「はい。ただ……」

 「ただ?」

 「奥様が“目を通さない”という事実そのものが、抑止力になっております」

 「……どういう意味ですの?」

 「誰も、誤魔化せないという意味です」

 セーラは、遠い目になった。

 (見てないのに、圧になっている……)

 夕方。

 リチャードが戻ってきた。

 「今日は、どうだった?」

 「……旦那様」

 セーラは、真剣な顔で言った。

 「自由にしていいと言われた結果」

 「私は、“何もしていないのに信頼される立場”になりました」

 リチャードは、一瞬黙り込み――そして笑った。

 「それは、君が」

 「自由を“自分のためだけ”に使わなかったからだ」

 「……?」

 「君は、何かを得ようとしない」

 「支配もしない」

 「評価も奪わない」

 「だが、考え方だけは示す」

 「それは、最も人を安心させる」

 セーラは、ソファに深く沈み込んだ。

 「私は……」

 「ただ、気楽に生きたかっただけですのに」

 リチャードは、彼女の頭をぽん、と軽く叩いた。

 「だからこそ、皆が君を頼る」

 「自由とは」

 「好き勝手にすることではない」

 「“選べること”だ」

 その夜。

 セーラは、ベッドに横になり、天井を見つめた。

 ――働かない。
 ――縛られない。
 ――でも、逃げない。

 「……自由にしていいと言われた結果」

 「私は、ここにいることを選び続けているだけ、なのですね」

 そう呟くと、不思議と心が静かになった。

 明日もまた、何もしないつもりだ。

 ただ、選ぶ自由だけは、手放さずに。

 そう決めながら、セーラは目を閉じた。
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