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第11話 働かないために線を引く
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第11話 働かないために線を引く
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セーラは、朝の光が差し込む書斎で、真剣な顔をして紙に線を引いていた。
一本、また一本。
「……ここですわね」
彼女が引いていたのは、帳簿でも契約書でもない。
**自分の中の“境界線”**だった。
(私は、働かないと決めています)
(でも、頼られること自体は止められません)
(ならば――“どこまでなら自由か”を決めるしかありませんわ)
これまでのセーラは、頼まれれば考え、聞かれれば答えていた。 命じられない限り、それは労働ではない――そう信じて。
しかし、最近は違う。
「奥様のお考えを前提に進めます」 「奥様が関わる前提で調整しております」
――前提。
その言葉が、セーラをじわじわと縛り始めていた。
(これは……放っておくと危険ですわ)
自由とは、選べること。 だが、選ばされる自由は、自由ではない。
午前。
商人ギルドから、正式な文書が届いた。
「財務管理部の運営指針について、奥様のご意見を――」
セーラは、ぴしりと封を閉じ直した。
「返送なさい」
執事が目を見開く。
「よろしいのですか?」
「ええ。これは“相談”ではありません」
「これは、“責任の移譲”です」
セーラは、穏やかだが、はっきりと言った。
「私は、考え方は示します」
「ですが、“運営”と“決定”には関わりません」
「その線を、越えないでください」
執事は、深く一礼した。
「かしこまりました」
昼過ぎ。
屋敷の使用人の一人が、不安そうにやってきた。
「奥様……最近、皆が“奥様に聞けばいい”と言うのです」
セーラは、少しだけ困ったように笑った。
「それは、困りますわね」
「……奥様は、嫌ですか?」
その問いに、セーラは首を横に振った。
「いいえ。嫌ではありません」
「でも、それは“楽だから”頼ってはいけません」
「自分で考え、自分で決めてこそ、自由ですわ」
使用人は、はっとした表情で頷いた。
「……分かりました」
その背中を見送りながら、セーラは思う。
(私は、誰かの代わりに立ちたいわけではありません)
(ただ、“自分で立てる場所”を奪いたくないだけ)
夕方。
リチャードが帰宅し、書斎の紙を見て首を傾げた。
「それは?」
「境界線です」
「……境界線?」
セーラは、真剣な顔で言った。
「私は、働かないために、線を引きました」
「考えることと、責任を負うことは違います」
「助言と、指示も違います」
「その違いを曖昧にすると、私は自由ではなくなります」
リチャードは、静かに彼女を見つめ――やがて、深く頷いた。
「いい判断だ」
「君は、“何もしない”ために、最も難しいことをしている」
「……難しい?」
「人は、頼られると断れなくなる」
「それでも線を引くのは、覚悟が要る」
セーラは、少しだけ照れたように視線を逸らした。
「私は、怠けたいだけですわ」
「なら、その怠け方は、理想的だ」
夜。
ベッドに横になりながら、セーラは静かに考える。
働かないとは、何もしないことではない。
すべてを引き受けないこと。
誰かの人生を代わりに生きないこと。
選ぶ余地を、残すこと。
「……やはり私は」
「働かないために、考え続けているのですね」
そう呟き、少しだけ苦笑する。
だが、その線があるからこそ――
彼女は、今日も自由だった。
明日もまた、何もしないつもりで。
ただ、自分の境界線だけは、しっかり守りながら。
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セーラは、朝の光が差し込む書斎で、真剣な顔をして紙に線を引いていた。
一本、また一本。
「……ここですわね」
彼女が引いていたのは、帳簿でも契約書でもない。
**自分の中の“境界線”**だった。
(私は、働かないと決めています)
(でも、頼られること自体は止められません)
(ならば――“どこまでなら自由か”を決めるしかありませんわ)
これまでのセーラは、頼まれれば考え、聞かれれば答えていた。 命じられない限り、それは労働ではない――そう信じて。
しかし、最近は違う。
「奥様のお考えを前提に進めます」 「奥様が関わる前提で調整しております」
――前提。
その言葉が、セーラをじわじわと縛り始めていた。
(これは……放っておくと危険ですわ)
自由とは、選べること。 だが、選ばされる自由は、自由ではない。
午前。
商人ギルドから、正式な文書が届いた。
「財務管理部の運営指針について、奥様のご意見を――」
セーラは、ぴしりと封を閉じ直した。
「返送なさい」
執事が目を見開く。
「よろしいのですか?」
「ええ。これは“相談”ではありません」
「これは、“責任の移譲”です」
セーラは、穏やかだが、はっきりと言った。
「私は、考え方は示します」
「ですが、“運営”と“決定”には関わりません」
「その線を、越えないでください」
執事は、深く一礼した。
「かしこまりました」
昼過ぎ。
屋敷の使用人の一人が、不安そうにやってきた。
「奥様……最近、皆が“奥様に聞けばいい”と言うのです」
セーラは、少しだけ困ったように笑った。
「それは、困りますわね」
「……奥様は、嫌ですか?」
その問いに、セーラは首を横に振った。
「いいえ。嫌ではありません」
「でも、それは“楽だから”頼ってはいけません」
「自分で考え、自分で決めてこそ、自由ですわ」
使用人は、はっとした表情で頷いた。
「……分かりました」
その背中を見送りながら、セーラは思う。
(私は、誰かの代わりに立ちたいわけではありません)
(ただ、“自分で立てる場所”を奪いたくないだけ)
夕方。
リチャードが帰宅し、書斎の紙を見て首を傾げた。
「それは?」
「境界線です」
「……境界線?」
セーラは、真剣な顔で言った。
「私は、働かないために、線を引きました」
「考えることと、責任を負うことは違います」
「助言と、指示も違います」
「その違いを曖昧にすると、私は自由ではなくなります」
リチャードは、静かに彼女を見つめ――やがて、深く頷いた。
「いい判断だ」
「君は、“何もしない”ために、最も難しいことをしている」
「……難しい?」
「人は、頼られると断れなくなる」
「それでも線を引くのは、覚悟が要る」
セーラは、少しだけ照れたように視線を逸らした。
「私は、怠けたいだけですわ」
「なら、その怠け方は、理想的だ」
夜。
ベッドに横になりながら、セーラは静かに考える。
働かないとは、何もしないことではない。
すべてを引き受けないこと。
誰かの人生を代わりに生きないこと。
選ぶ余地を、残すこと。
「……やはり私は」
「働かないために、考え続けているのですね」
そう呟き、少しだけ苦笑する。
だが、その線があるからこそ――
彼女は、今日も自由だった。
明日もまた、何もしないつもりで。
ただ、自分の境界線だけは、しっかり守りながら。
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