14 / 41
第14話 気づけば、貴族社会まで巻き込んでいました
しおりを挟む
第14話 気づけば、貴族社会まで巻き込んでいました
---
それは、セーラが「今日は何もしない日ですわ」と決めた、穏やかな午後のことだった。
庭で日向ぼっこをしながら紅茶を飲み、焼き菓子に手を伸ばす。 完璧な“働かない貴族夫人”の時間――のはずだった。
「奥様」
静かすぎる声が、すべてを壊した。
振り向けば、執事が一礼して立っている。
「……嫌な予感しかしませんわ」
「貴族会議より、正式な招待状が届いております」
セーラは、そっと目を閉じた。
(来ましたわね……ついに)
---
貴族会議。
それは、国中の有力貴族が集まり、政治・経済・制度について“建前上は”議論する場だ。 実際には、利害調整と駆け引きが九割を占める。
そこに――
「なぜ、私を?」
セーラは、リチャードに問いかけた。
「理由は明白だ」
彼は淡々と答える。
「商人ギルドが安定した」 「取引が透明化した」 「不正が減り、税収が増えた」
「それを可能にした“名前”として、君が挙がった」
セーラは、こめかみを押さえた。
「私は、何も決めていませんのに」
「だからこそだ」
リチャードは、静かに続ける。
「“強制せずに変えた”存在は、貴族にとって一番警戒すべき存在だ」
---
会議の場。
重厚な円卓を囲み、貴族たちの視線が一斉にセーラへ向けられた。
「エヴァレット侯爵夫人」 「商人ギルドを立て直したと聞いております」 「どのような政策を打ったのです?」
セーラは、にっこりと微笑んだ。
「何もしておりませんわ」
一瞬、空気が凍る。
「……は?」
「私がやったのは、“考える仕組み”を置いただけです」
「判断は、すべて現場の方々がなさっています」
ざわ、と貴族たちがざわめいた。
「つまり……」 「権限を、下に渡したと?」
「ええ」
セーラは、さらりと言った。
「上がすべてを決めるのは、非効率ですもの」
「……!」
何人かの貴族が、露骨に顔を引きつらせた。
---
会議後。
セーラは、心底疲れた顔で馬車に揺られていた。
「……完全に目を付けられましたわ」
「当然だ」
リチャードは苦笑する。
「貴族社会は、“管理する側”で成り立っている」
「そこに、管理を手放して成功した例が出た」
「放っておくわけがない」
セーラは、深くため息をついた。
「私は、働かないためにやっただけですのに」
「それが、一番信用ならない理由だ」
---
その夜。
セーラは机に向かい、紙に文字を書き連ねていた。
『貴族向け・財務と運営の基本指針』
ただし、内容は驚くほど“淡白”だった。
・貴族は、数字を理解する
・現場の報告を、感情で否定しない
・自分で決めない場合は、任せる相手を明確にする
・失敗の責任は、判断した者が負う
リチャードは、それを覗き込み、目を細めた。
「……ずいぶん、厳しいな」
「ええ」
セーラは、きっぱり言った。
「だから、私は“直接教えません”」
「読む人だけが読めばいい」
「理解できない人は、最初から対象外ですわ」
リチャードは、ふっと笑った。
「君は、本当に容赦がないな」
「働かないためには、線引きが必要ですもの」
---
書き終えた紙を重ね、セーラは背もたれにもたれた。
(商人、次は貴族……)
(順番としては、次は――)
考えかけて、首を振る。
「いいえ。これ以上は考えません」
「私は、もう“型”を置きました」
「どう使うかは、彼ら次第ですわ」
そう言って、紅茶を一口。
(私は、働かない)
(でも、世界が勝手に動くなら――)
(それは、それで構いませんわね)
こうしてセーラは、また一段階だけ前に進んでしまった。
本人の意思とは無関係に。
だが彼女は、まだ知らない。
この章から――
彼女は「有能な夫人」ではなく、
「制度そのもの」として認識され始めたことを。
それでも彼女は、今日もこう思うのだった。
「明日は、絶対に何もしませんわ」
---
それは、セーラが「今日は何もしない日ですわ」と決めた、穏やかな午後のことだった。
庭で日向ぼっこをしながら紅茶を飲み、焼き菓子に手を伸ばす。 完璧な“働かない貴族夫人”の時間――のはずだった。
「奥様」
静かすぎる声が、すべてを壊した。
振り向けば、執事が一礼して立っている。
「……嫌な予感しかしませんわ」
「貴族会議より、正式な招待状が届いております」
セーラは、そっと目を閉じた。
(来ましたわね……ついに)
---
貴族会議。
それは、国中の有力貴族が集まり、政治・経済・制度について“建前上は”議論する場だ。 実際には、利害調整と駆け引きが九割を占める。
そこに――
「なぜ、私を?」
セーラは、リチャードに問いかけた。
「理由は明白だ」
彼は淡々と答える。
「商人ギルドが安定した」 「取引が透明化した」 「不正が減り、税収が増えた」
「それを可能にした“名前”として、君が挙がった」
セーラは、こめかみを押さえた。
「私は、何も決めていませんのに」
「だからこそだ」
リチャードは、静かに続ける。
「“強制せずに変えた”存在は、貴族にとって一番警戒すべき存在だ」
---
会議の場。
重厚な円卓を囲み、貴族たちの視線が一斉にセーラへ向けられた。
「エヴァレット侯爵夫人」 「商人ギルドを立て直したと聞いております」 「どのような政策を打ったのです?」
セーラは、にっこりと微笑んだ。
「何もしておりませんわ」
一瞬、空気が凍る。
「……は?」
「私がやったのは、“考える仕組み”を置いただけです」
「判断は、すべて現場の方々がなさっています」
ざわ、と貴族たちがざわめいた。
「つまり……」 「権限を、下に渡したと?」
「ええ」
セーラは、さらりと言った。
「上がすべてを決めるのは、非効率ですもの」
「……!」
何人かの貴族が、露骨に顔を引きつらせた。
---
会議後。
セーラは、心底疲れた顔で馬車に揺られていた。
「……完全に目を付けられましたわ」
「当然だ」
リチャードは苦笑する。
「貴族社会は、“管理する側”で成り立っている」
「そこに、管理を手放して成功した例が出た」
「放っておくわけがない」
セーラは、深くため息をついた。
「私は、働かないためにやっただけですのに」
「それが、一番信用ならない理由だ」
---
その夜。
セーラは机に向かい、紙に文字を書き連ねていた。
『貴族向け・財務と運営の基本指針』
ただし、内容は驚くほど“淡白”だった。
・貴族は、数字を理解する
・現場の報告を、感情で否定しない
・自分で決めない場合は、任せる相手を明確にする
・失敗の責任は、判断した者が負う
リチャードは、それを覗き込み、目を細めた。
「……ずいぶん、厳しいな」
「ええ」
セーラは、きっぱり言った。
「だから、私は“直接教えません”」
「読む人だけが読めばいい」
「理解できない人は、最初から対象外ですわ」
リチャードは、ふっと笑った。
「君は、本当に容赦がないな」
「働かないためには、線引きが必要ですもの」
---
書き終えた紙を重ね、セーラは背もたれにもたれた。
(商人、次は貴族……)
(順番としては、次は――)
考えかけて、首を振る。
「いいえ。これ以上は考えません」
「私は、もう“型”を置きました」
「どう使うかは、彼ら次第ですわ」
そう言って、紅茶を一口。
(私は、働かない)
(でも、世界が勝手に動くなら――)
(それは、それで構いませんわね)
こうしてセーラは、また一段階だけ前に進んでしまった。
本人の意思とは無関係に。
だが彼女は、まだ知らない。
この章から――
彼女は「有能な夫人」ではなく、
「制度そのもの」として認識され始めたことを。
それでも彼女は、今日もこう思うのだった。
「明日は、絶対に何もしませんわ」
1
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
分厚いメガネを外した令嬢は美人?
しゃーりん
恋愛
極度の近視で分厚いメガネをかけている子爵令嬢のミーシャは家族から嫌われている。
学園にも行かせてもらえず、居場所がないミーシャは教会と孤児院に通うようになる。
そこで知り合ったおじいさんと仲良くなって、話をするのが楽しみになっていた。
しかし、おじいさんが急に来なくなって心配していたところにミーシャの縁談話がきた。
会えないまま嫁いだ先にいたのは病に倒れたおじいさんで…介護要員としての縁談だった?
この結婚をきっかけに、将来やりたいことを考え始める。
一人で寂しかったミーシャに、いつの間にか大切な人ができていくお話です。
側妃の愛
まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。
王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。
力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。
Copyright©︎2025-まるねこ
正当な権利ですので。
しゃーりん
恋愛
歳の差43歳。
18歳の伯爵令嬢セレーネは老公爵オズワルドと結婚した。
2年半後、オズワルドは亡くなり、セレーネとセレーネが産んだ子供が爵位も財産も全て手に入れた。
遠い親戚は反発するが、セレーネは妻であっただけではなく公爵家の籍にも入っていたため正当な権利があった。
再婚したセレーネは穏やかな幸せを手に入れていたが、10年後に子供の出生とオズワルドとの本当の関係が噂になるというお話です。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる