働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第13話 私は働かない。だから、人を育てます

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第13話 私は働かない。だから、人を育てます


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 ――おかしいですわね。

 セーラは、商人ギルドから届いた報告書を読みながら、静かに紅茶を置いた。

 (“私がいなくても回る”はずでしたのに)

 確かに、第十二話で彼女は完璧なはずの「何もしないための仕組み」を作った。  相談は文章のみ、判断は複数名、責任はギルド側。

 理論上、顧問の仕事は激減する――はずだった。

 「……なぜ、報告書の質が上がっているのかしら」

 数字は整い、考察は的確。  以前なら見落とされていた論点まで、きちんと整理されている。

 (これは……)

 (仕事が減ったのではなく、“仕事のレベルが上がっている”のでは?)

 セーラは、そっと額に手を当てた。

 「……やってしまいましたわね」


---

 数日後、商人ギルドの会合。

 セーラは、あくまで「聞くだけ」の立場で席についていた。

 「今回の取引ですが、帳簿を三年分比較すると、輸送コストの見直し余地があります」  「珠算の訓練を受けた新人でも、計算誤差はほぼゼロです」  「顧問に頼らずとも、我々で判断できるかと」

 ……ええ、とても立派です。

 (立派すぎますわ)

 セーラは、内心でため息をついた。

 彼らは、もはや「教えられる側」ではない。  自分で考え、議論し、結論を出している。

 その様子を見て、ギルド代表ガルバンが、誇らしげに言った。

 「奥様のおかげで、我々は“考える商人”になれました」

 「……私、何もしていませんけど?」

 「それが一番の功績です」

 セーラは、口をつぐんだ。

 (褒められているのに、逃げ場がない……)


---

 屋敷に戻ると、リチャードが書斎で待っていた。

 「今日は、顔が険しいな」

 「ええ……」

 セーラはソファに沈み込み、ぽつりと言う。

 「私、働かないために仕組みを作ったはずなのに」

 「人が育ってしまいました」

 リチャードは、一瞬きょとんとした後、吹き出した。

 「それは、喜ぶべきことでは?」

 「普通なら、そうでしょうけど……」

 セーラは、じとっと彼を見た。

 「人が育つと、次は“範囲を広げたい”と言い出すのです」

 「次は、他都市」  「次は、貴族社会」  「次は、国全体」

 「……ああ」

 リチャードは、すべてを察したように頷いた。

 「君は、“再現性のあるやり方”を示してしまった」

 「それを見た者は、必ず広げたくなる」

 セーラは、クッションを抱きしめる。

 「私は、静かに暮らしたいだけですのに……」

 「だが」

 リチャードは、穏やかに続けた。

 「君は、もう“教える人”ではない」

 「“教え方を作った人”だ」

 「……!」

 その言葉に、セーラははっとした。


---

 翌週。

 セーラは、商人ギルドに新たな文書を提出した。

 『指導者育成指針』

 内容は、極めてシンプルだった。

 ・顧問は直接教えない
 ・教えるのは、育成を終えた“内部指導者”
 ・顧問は、教材と基準のみを示す
 ・現場判断は、現場に委ねる

 商人たちは、最初こそ戸惑ったが、すぐに理解した。

 「これは……」  「奥様がいなくても、続けられる形だ」

 「ええ」

 セーラは、にこやかに微笑んだ。

 「私は、長く関わるつもりはありませんもの」

 その言葉に、場が一瞬静まり返る。

 だが、誰一人として反対はしなかった。

 なぜなら――
 彼らはもう、自分たちで歩けると知っていたからだ。


---

 その夜。

 セーラは、満足そうにベッドに倒れ込んだ。

 (これで本当に、私は何もしなくて済みますわ)

 (教えない。決めない。責任を持たない)

 (ただ、最初の“型”を置いただけ)

 だが、ふと天井を見つめて、苦笑する。

 「……これ、完全に前世の私が一番苦手だった役割ですわね」

 “管理職”
 “仕組みを作る側”

 皮肉なものだ。

 働きたくない一心で作った仕組みが、
 自分を「不可欠ではないが、無視もできない存在」にしてしまった。

 それでも――。

 セーラは、静かに目を閉じる。

 「まあ、いいですわ」

 「私は、私のやりたいようにやっているだけ」

 その姿勢こそが、
 今日もまた、周囲を変えていくとは――
 まだ、本人だけが気づいていなかった。

 “働かないために、人を育てた貴族夫人”の物語は、まだ続く。
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