働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第17話「働かないと言ったのに、信頼だけが積み上がっていく」 「働かないと言ったのに、信頼だけが積み上がっていく」

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第17話 「働かないと言ったのに、信頼だけが積み上がっていく」


「働かないと言ったのに、信頼だけが積み上がっていく」


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 朝の屋敷は、驚くほど穏やかだった。

 セーラはテラスで紅茶を飲みながら、庭を眺めていた。  鳥のさえずり、風に揺れる木々、静かに行き交う使用人たち。

 ――完璧な「何もしない朝」。

 それなのに。

 「奥様」

 控えめな声とともに、執事が一礼した。

 「商人ギルドより、正式な書状が届いております」

 セーラは思わず天を仰いだ。

 「……何もしていないのですが?」

 「ええ。ですが“だからこそ”だそうで」

 嫌な予感しかしない。


---

 書状を開いた瞬間、セーラは深いため息をついた。

 『セーラ様
 このたび、当ギルドでは運営方針の全面改訂を行いました。
 つきましては、名誉顧問としてのご承認を――』

 「名誉、ですって……?」

 名誉職。  実務なし。  決裁権なし。

 ――責任だけが重いやつ。

 「おかしいですわ……私は表舞台に立たないよう、あれほど……」

 執事は淡々と告げた。

 「商人たちの間では、『何も強制せず、全体を育てた人物』として評価が固まっております」

 「……それ、褒めてます?」

 「最大級の賛辞かと」

 セーラは頭を抱えた。

 (なぜですの!? 私は楽をするために何もしなかったのに!!)


---

 昼過ぎ、リチャードの執務室。

 セーラは書状を机に置き、じっと夫を見つめた。

 「……どう思われます?」

 リチャードは一読し、静かに頷いた。

 「妥当だな」

 「即答!?」

 「君は“導いた”が、“支配しなかった”。それが一番評価される」

 セーラはむっとする。

 「私は、責任を押し付けるつもりだったのです」

 「違うな」

 リチャードはペンを置き、彼女を見た。

 「君は、責任を“渡した”」

 「……同じでは?」

 「まったく違う」

 彼は穏やかに続けた。

 「押し付けられた責任は、恨みを生む。
 だが、選ばせた責任は、誇りになる」

 セーラは、言葉を失った。

 (……そんなつもり、なかったのに)


---

 午後、庭園。

 セーラはベンチに座り、遠くで働く人々を眺めていた。

 以前なら、必ず誰かが相談に来ていた時間帯。  だが今日は、誰も来ない。

 代わりに、若い使用人たちが互いに声を掛け合い、判断し、動いている。

 (……私がいなくても)

 胸の奥が、少しだけ寂しくなる。

 だが同時に、誇らしかった。

 (いいえ。私が“いなくてもいい”ようにしたのですもの)


---

 夕方、ひとりの青年商人が屋敷を訪れた。

 以前、財務責任者候補として名前が挙がっていた人物だ。

 「セーラ様。お時間をいただけますか」

 彼の表情は緊張していたが、目は真っ直ぐだった。

 「私……責任者の話を、引き受けました」

 セーラは微笑んだ。

 「そう。理由を聞かせてくださる?」

 「はい」

 青年は深く息を吸った。

 「セーラ様が決断してくれなかったからです」

 「……え?」

 「任されなかったからこそ、逃げられなかった。
 自分で選んだと、言えるから」

 セーラは、一瞬言葉を失い――そして、心から笑った。

 「それで正解ですわ」

 青年は深く頭を下げ、去っていった。


---

 夜。

 セーラは寝室で、ゆっくりと髪を梳かしていた。

 「今日も……何もしていないはずなのに」

 それでも、世界は前に進んだ。  人は育ち、責任は分散し、信頼は積み重なっていく。

 リチャードが、後ろからそっと声をかける。

 「君は、本当に不思議な人だ」

 「そうですか?」

 「“働かない”と言いながら、一番難しい仕事をしている」

 セーラは肩をすくめた。

 「楽をしたいだけですわ」

 「ならば、その“楽”は――」

 彼は彼女の手を取った。

 「多くの人の誇りの上に成り立っている」

 セーラは、静かに目を閉じた。

 (……悪くありませんわね)

 働かない。  でも、逃げない。

 前に出ない。  でも、支える。

 「明日も……何もしません」

 その言葉は、今日も確かに世界を動かしていた。
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