働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第18話「あれ? 私、もう“象徴”扱いですの?」

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第18話「あれ? 私、もう“象徴”扱いですの?」


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 朝の屋敷は、相変わらず穏やかだった。

 セーラはテラスで紅茶を飲みながら、ぼんやりと庭を眺めている。  今日も特に予定はない。完璧だ。

 ――はずだった。

 「奥様」

 執事の声が、やけに改まっている。

 「本日は、来客が少々多くなる見込みでして」

 セーラはカップを置いた。

 「……少々?」

 「はい。“少々”です」

 その言い方が、もう信用ならない。


---

 午前中。

 応接室には、見慣れぬ顔ぶれが並んでいた。

 商人、地方領主の代理、職人組合の代表、そして――なぜか学者。

 (……なぜ学者まで?)

 全員が、セーラを見るなり、深々と頭を下げる。

 「お忙しいところ、ありがとうございます」  「本日はご機嫌麗しく」  「ぜひ一言、お考えを――」

 セーラは、内心で悲鳴を上げていた。

 (私、何もしてません! 本当に何も!!)


---

 最初の相談は、商業都市間の取引ルールについてだった。

 「我々は、どの基準を“正しい”と考えるべきでしょうか」

 セーラは、少し考えてから答えた。

 「……私に聞く必要はありませんわ」

 一同が固まる。

 「基準を作るのは、現場です。
 私が答えを出した瞬間、それは“考えなくていい問題”になります」

 「ですが……」

 「それでも、皆様が迷うなら」

 セーラは、穏やかに続けた。

 「“一番困る人”の立場に立ってくださいな」

 それだけ言って、黙った。

 沈黙が流れ、やがて誰かが頷いた。

 「……なるほど」

 「その視点は、確かに」

 相談は、勝手に解決へ向かっていった。

 (……ほら。私、何もしてませんわよね?)


---

 次は、学者だった。

 「セーラ様は、なぜ“指導”ではなく“環境整備”を重視されたのですか?」

 セーラは、少し困った。

 「……難しい質問ですわね」

 正直に言おう。

 「私、面倒くさいのが嫌だっただけです」

 一同が、息を呑む。

 「全部自分で考えるのは、疲れますでしょう?」

 「だから、皆が勝手に考える状況を作っただけですわ」

 学者は、震える声で呟いた。

 「……それを、理論としてまとめたい」

 「やめてくださいませ」

 即答だった。


---

 昼過ぎ。

 来客が引いたあと、セーラはぐったりと椅子に沈んだ。

 「……なぜですの」

 隣に座るリチャードが、肩をすくめる。

 「人はな、形のないものを“象徴”にしたがる」

 「私は、楽をしたいだけですのよ?」

 「だからこそ、だ」

 彼は笑った。

 「“何もしない権威”ほど、恐ろしく安定するものはない」

 セーラは、嫌な予感しかしなかった。


---

 午後、使用人の一人が、そっと声をかけてきた。

 「奥様……最近、皆が言っているのですが」

 「何ですの?」

 「“セーラ様なら、どう考えるか”ではなく、
 “セーラ様なら、何も言わないだろう”と考えるようになっています」

 セーラは、目を見開いた。

 「……それ、褒めてます?」

 「最大級に」

 (やめて……本当に……)


---

 夕暮れ。

 庭で一人、風に当たりながら、セーラは空を見上げた。

 前世では、働かなければ価値がないと思っていた。  何かを成し遂げなければ、存在を認められなかった。

 (でも、今は……)

 何もしないことで、周囲が考え、動き、責任を持つ。

 自分はただ、そこにいるだけ。

 「……これが、理想?」

 誰に聞くでもなく、呟く。


---

 夜。

 リチャードが、そっと彼女の手を取った。

 「君はもう、“人”ではなく“空気”だな」

 「ひどくありません?」

 「最高の褒め言葉だ」

 セーラは、苦笑した。

 「私、どこまで行ってしまうのでしょう」

 「どこにも行かない」

 彼は静かに言った。

 「君は、ここにいるだけでいい」

 セーラは、目を閉じた。

 働かない。  指示しない。  前に出ない。

 それでも――世界は、今日も勝手に整っていく。

 「あれ? 私……もう引退していいのでは?」

 その呟きは、誰にも聞かれなかったが。

 翌日もまた、屋敷には人が集まるのだった。
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