働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第22話「働かない奥様、なぜか責任者にされる」

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第22話「働かない奥様、なぜか責任者にされる」


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 翌朝。

 セーラは、非常に嫌な夢から覚めた。

 夢の中で彼女は、長机の中央に座らされ、周囲から一斉にこう言われていた。

 ――「では、奥様に最終判断を」

 (縁起でもありませんわ……)

 そう思いながら起き上がった、その瞬間。

 コンコン、と控えめなノック音がした。

 「……どうぞ」

 入ってきたのは、執事だった。

 「奥様、本日のお知らせがございます」

 「聞きたくありません」

 「王城からの正式文書でございます」

 「もっと聞きたくありません!」


---

 だが、執事は動じない。

 「昨日の会議を受け、いくつかの部署が――」

 「はい、そこまで」

 セーラは両手で耳を塞いだ。

 「私、昨日は“何も決めていない”はずですわよね?」

 「はい」

 「意見も、提案も、指示も?」

 「一切」

 「でしたら、なぜ嫌な予感しかしないのです?」

 執事は、少しだけ目を逸らした。


---

 朝食の席。

 リチャードは、セーラの様子を見て苦笑していた。

 「……来たか」

 「来ましたわね?」

 「来たな」

 完全に確信犯だった。

 「昨日の会議で、君は“決めない”という姿勢を貫いた」

 「ええ。模範的怠惰ですわ」

 「結果として」

 リチャードは、紅茶を一口飲んでから続けた。

 「“最終判断をしない責任者”として認識された」

 「意味が分かりません!」


---

 王城からの文書には、こう書かれていた。

 ――「当面の調整役として、セーラ・○○公爵夫人に状況報告を行う」

 セーラは紙を見つめたまま、静止した。

 「……ねえ、これ」

 「どうした?」

 「“責任者”って文字、見えますわよね?」

 「見える」

 「でも、“決定権”は?」

 「ない」

 「……罠ですわね?」

 「巧妙な」


---

 昼過ぎ。

 さっそく、屋敷に訪問者が現れた。

 地方官僚、商人代表、書記官。

 全員、非常に丁寧だった。

 「奥様、ご判断を仰ぎたく」

 「いえ、判断はしません」

 「では、ご意向を」

 「意向もありません」

 「……では、ご意見だけでも」

 「意見もありません」

 沈黙。

 そして、なぜか全員が納得した顔になる。

 「分かりました」

 「理解しました」

 「それでは、その方向で」

 (どの方向!?)


---

 応接室を出た後、セーラは崩れ落ちた。

 「私、何も言ってませんわよね……?」

 「言っていない」

 「なのに、皆、勝手に話を進めていきましたわ……」

 リチャードは、肩をすくめた。

 「自分で決める覚悟がある者ほど、“口を出さない存在”を必要とする」

 「それ、哲学ですか?」

 「政治だ」


---

 夕方。

 使用人の一人が、ぽつりと漏らした。

 「奥様がいらっしゃると、不思議と皆、落ち着きますね」

 「……私、何もしてませんけど」

 「それが、いいのかと」

 セーラは、天井を仰いだ。

 「私は、働かないために努力しているのに……」


---

 夜。

 ベッドに入りながら、セーラは呟いた。

 「ねえ、旦那様」

 「なんだ?」

 「私、責任者になってません?」

 「なっていない」

 「本当に?」

 「ただの“そこにいる人”だ」

 セーラは、安心して目を閉じた。

 「……でしたら、明日も何もしませんわ」

 「それでいい」


---

 こうして。

 働かない奥様は、
 決断をしない責任者という、
 もっとも厄介で、もっとも安定した立場に
 また一歩、近づいてしまったのだった。

 ――本人は、まったく望んでいない。
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