働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第24話「働いていないのに、責任だけ増えていく不思議」

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第24話「働いていないのに、責任だけ増えていく不思議」


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 その日、セーラは確信していた。

 ――これはもう、絶対におかしい。

 朝の紅茶を飲みながら、彼女は書類の山を見下ろしていた。  いや、正確には「見ているだけ」である。

 触っていない。  署名もしていない。  判断もしていない。

 それなのに。

 「奥様、本日の確認事項でございます」

 執事が、追加の書類をそっと置いた。

 「……確認?」

 「はい。“最終確認”です」

 (またその言葉ですの!?)


---

 書類の内容は、昨日の会合で話し合われた政策の整理だった。

 ・商人ギルドの自主規制
 ・財務管理部の権限範囲
 ・地方都市への展開計画

 どれも、すでに合意済み。  実行も、各部署に任されている。

 なのに、最後に必ずこう書かれている。

 ――「セーラ様、ご確認済み」

 「……してませんけど」

 セーラは小さく呟いた。


---

 午前中、王城からの使者が訪れた。

 「奥様にご挨拶を」

 深々と頭を下げる若い官僚。

 「最近の施策、大変好評でして」

 「施策……?」

 「はい。特に“責任を現場に委ねる方針”は、非常に評価されています」

 (それ、私の方針ではありませんわ……)

 「私は何も決めておりませんの」

 セーラがそう言うと、官僚は一瞬だけ目を見開き――すぐに納得したように頷いた。

 「ええ。存じております」

 (分かってるなら、なぜ来たのです!?)


---

 昼食後、リチャードと二人きりになったとき、セーラは机に突っ伏した。

 「旦那様……」

 「どうした」

 「私、今日も何もしていません」

 「知っている」

 「なのに、皆が満足そうです」

 「それも知っている」

 セーラは顔を上げた。

 「どうしてですの?」

 リチャードは、少し考えてから答えた。

 「君が“最終責任者”だからだ」

 「……はい?」


---

 「彼らは、君が口を出さないことを“許可”として受け取っている」

 「口を出さない=反対しない=危険ではない」

 「その構図が、完全に出来上がっている」

 セーラは、嫌な予感がしてきた。

 「それって……」

 「君が失敗の責任を取る存在だと、無意識に認識されている」

 「……取る気、ありませんけど?」

 「分かっている。だが、彼らは“そうあってほしい”と思っている」

 セーラは、ゆっくりと椅子にもたれた。

 「私、ただの働かない奥様ですのよ?」

 「だからだ」


---

 午後。

 屋敷の使用人会議でも、同じ現象が起きていた。

 「奥様が特にご指示を出されなかったので、各自で判断しました」  「結果、業務効率は向上しています」  「問題があれば、奥様にご報告する形で」

 (報告はするんですのね……)

 「……私、ここにいるだけですわよ?」

 セーラがそう言うと、メイド長は微笑んだ。

 「それで十分でございます」


---

 夜。

 寝室で、セーラは布団を抱きしめた。

 「旦那様」

 「なんだ」

 「私、責任が増えている気がします」

 「増えているな」

 「働いていないのに」

 「働いていないからだ」

 「……意味が分かりません」

 リチャードは、静かに言った。

 「権限を振り回す者は、反発される」

 「だが、何もせずに“受け止める者”は、自然と責任を背負わされる」

 「君は後者だ」


---

 セーラは、しばらく黙って考えた。

 「……私、逃げてもいいですわよね?」

 「逃げられないな」

 「どうしてですの!?」

 「君がいなくなると、皆が困る」

 「困らせる気、満々ですわ」

 「それでも戻ってくるだろう?」

 セーラは、ぐっと言葉に詰まった。

 「……悔しいですわ」


---

 やがて、彼女は小さく息を吐いた。

 「分かりました」

 「何がだ?」

 「責任を背負うなら、最低限、楽をします」

 「……ほう」

 「働かない。決めない。指示しない」

 「でも、逃げない」

 リチャードは、満足そうに微笑んだ。

 「最も厄介な立場だな」

 「ええ。自覚はありませんけど」


---

 こうして。

 働いていないのに、
 責任だけが自然増殖していく奥様は、

 今日も何もせず、
 誰よりも大きな“安心”を背負って、
 紅茶を飲んでいるのだった。

 ――本人は、心底納得していないまま。
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