働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第25話「何もしない覚悟が、最強らしいです」

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第25話「何もしない覚悟が、最強らしいです」


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 その日、セーラはついに悟った。

 ――これはもう、“働かない”という生き方が試されている。

 朝、いつものように紅茶を飲みながら、彼女は穏やかな顔をしていた。  していた、のだが――内心はまったく穏やかではない。

 なぜなら。

 「奥様、本日の予定でございます」

 執事が差し出した紙には、びっしりと文字が並んでいた。

 ・商人ギルド定例報告
 ・地方都市からの意見書確認
 ・王城関係者との非公式懇談

 「……予定?」

 「はい。“奥様が何もなさらない前提”で組まれております」

 (前提って何ですの!?)


---

 セーラは深呼吸をした。

 「確認しますわよ?」

 「私は、判断しません」

 「指示もしません」

 「責任も、できれば取りません」

 執事は、少しだけ困ったように微笑んだ。

 「承知しております」

 (絶対に承知してませんわね)


---

 午前中。

 商人ギルドの代表者たちが、応接室に集まっていた。

 「奥様、本日はお時間をいただきありがとうございます」  「いえ、座っているだけですわ」

 「それで十分です」

 (どうして皆さん、そんなに安心した顔をなさるのです!?)


---

 議題は、新たな商業規模拡大に関するものだった。

 通常であれば、利権、反対意見、責任の押し付け合いが起こる。  だが今回は違った。

 「では、この方向で進めます」  「異論はありません」  「問題があれば、こちらで調整します」

 全員が、自分で決め、自分で引き受けている。

 セーラは、ただ黙って紅茶を飲んでいた。


---

 (……あれ?)

 ふと、彼女は気づいた。

 ――私、本当に何もしていませんわね?

 それなのに、会議は滞りなく進み、  誰も彼女に判断を求めず、  むしろ「いてくれてありがとう」という空気すらある。


---

 昼過ぎ。

 リチャードが、静かに言った。

 「君は、“何もしない覚悟”を決めたな」

 「……覚悟?」

 「中途半端に関わらず、逃げもせず、ただ受け止める」

 「それは、誰にでもできることではない」

 セーラは、むっとした。

 「私、そんな立派なこと考えてませんわよ?」

 「知っている」

 「ただ、楽をしたいだけです」

 「それがいい」


---

 午後。

 地方都市からの代表が訪れた。

 「奥様にお礼を申し上げたく」

 「何のお礼ですの?」

 「奥様が“介入しなかった”ことに」

 セーラは、固まった。

 「……はい?」

 「現場に任せてくださったことで、私たちは責任を持てました」

 「奥様が決めていたら、甘えが出ていたと思います」

 「今は、自分たちの仕事に誇りを持てています」

 セーラは、言葉を失った。


---

 夜。

 寝室で、彼女は天井を見つめていた。

 「旦那様」

 「なんだ」

 「私、“何もしない”って、逃げだと思っていました」

 「だが?」

 「……覚悟が必要なことだったみたいです」

 リチャードは、微かに微笑んだ。

 「責任を奪わないことは、信頼の形だ」

 「君は、知らぬうちにそれをやっている」


---

 セーラは、ゆっくりと息を吐いた。

 「私、これからも働きません」

 「そうしろ」

 「決めません」

 「それでいい」

 「でも――」

 彼女は、小さく付け加えた。

 「逃げません」

 リチャードは、その言葉に満足そうに頷いた。


---

 こうして。

 何もしない覚悟を決めた奥様は、
 知らぬ間に、
 誰よりも信頼される存在になっていた。

 働かず、
 決めず、
 動かず。

 それでも――
 すべてが、うまく回っていく。

 本人だけが、
 まだ少し、納得していないまま。
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