働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第30話「働かないと決めたら、夫が本気を出してきた」

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第30話「働かないと決めたら、夫が本気を出してきた」


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 セーラは、完全に油断していた。

 休むと決めた翌日は、平穏が続くものだと、どこかで思い込んでいたのだ。

 ――甘かった。


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 朝。

 紅茶を飲みながら、庭を眺めていると、リチャードがいつになく整った表情で現れた。

 「おはよう、セーラ」

 「おはようございます……なんだか、改まってますわね?」

 彼は一瞬だけ咳払いをした。

 「今日は、私が“君を休ませる側”になる」

 「……はい?」


---

 嫌な予感は、だいたい当たる。

 リチャードは、静かに宣言した。

 「今日一日、君は一切の仕事をしない」

 「商人ギルド、屋敷運営、相談、判断、助言――すべて禁止だ」

 「代わりに」

 彼は、少しだけ誇らしげに微笑んだ。

 「私が、全部引き受ける」


---

 セーラは、言葉を失った。

 「……旦那様?」

 「君が“休む勇気”を選んだなら」

 「私は、“支える責任”を選ぶ」

 やけに格好いいことを言っているが、問題はそこではない。

 「……本気、ですの?」

 「ああ」

 即答だった。


---

 結果から言おう。

 屋敷は、一日で軽く戦場になった。


---

 午前。

 執事が蒼白な顔で駆け込んできた。

 「奥様! いえ、旦那様が――!」

 「私は関与しません」

 セーラは即座に毛布を引き寄せた。

 「今日は休養日です」


---

 別室では、リチャードが真剣な顔で書類を睨んでいた。

 「……なるほど」

 「この決裁は、なぜ三重承認なのだ?」

 「それは、奥様が――」

 「私は、奥様ではない」

 静かな圧があった。


---

 昼。

 商人ギルドからの連絡。

 「顧問代理として、侯爵閣下にご判断を――」

 「受ける」

 リチャードは、ためらいなく言った。

 「今日の判断は、すべて私が行う」


---

 午後。

 書類の山が、物理的に崩れた。

 「……セーラは、これを毎日?」

 「はい」

 「……正気か?」

 「奥様ですので」

 「そうか……」

 納得してはいけない。


---

 一方その頃。

 セーラは、ソファで完全にくつろいでいた。

 「……なんだか、外が騒がしいですわね」

 「聞こえない」

 メイド長は、全力で耳を塞ぐ姿勢だった。


---

 夕方。

 リチャードは、明らかに疲弊していた。

 だが――彼の目は、どこか晴れやかだった。

 「……分かった」

 唐突に言う。

 「君が、なぜ“全部やってしまった”のか」


---

 夕食後。

 二人は並んで座っていた。

 「君がやらないと、誰も動かないと思っていた」

 「でも、違ったな」

 「“君がいる”から、皆、判断を放棄していた」

 セーラは、静かに紅茶を飲んだ。


---

 「今日、私がやったことで」

 リチャードは、少しだけ苦笑した。

 「君が、どれだけ“余白”を作っていたかが分かった」

 「全部を支えず」

 「だが、全部を見ていた」


---

 セーラは、小さく息を吐いた。

 「……旦那様」

 「なんだ?」

 「無理、なさらないでくださいまし」

 「私は、あなたが倒れるのも見たくありません」


---

 リチャードは、少し驚いたように彼女を見て――

 そして、優しく微笑んだ。

 「君と同じことを、言われている気分だな」


---

 夜。

 セーラは、彼の肩に寄りかかった。

 「今日、私は何もしていません」

 「だが、価値はあった」

 リチャードは、はっきりと言った。

 「君が“何もしない”ことで」

 「私は、“何を背負うべきか”を知った」


---

 セーラは、そっと目を閉じた。

 働かないつもりだった人生は、
 いまや“分け合う人生”に変わっていた。

 ――そして。

 次に仕事を増やすのは、
 どうやら夫の番らしい。
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