働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第29話「休むと決めた日ほど、伝説が増える」

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第29話「休むと決めた日ほど、伝説が増える」


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 セーラは、朝からベッドの中にいた。

 今日は休む。

 昨日、“何もしない宣言”が制度化された件については、考えない。  世界が勝手に動いただけ。  私のせいではない。  たぶん。

 そう自分に言い聞かせながら、毛布にくるまっていた。


---

 「奥様」

 ――嫌な予感しかしない。

 「今日は休養日ですわ」

 先制攻撃。

 「承知しております。その件で、ご報告が」

 報告、という単語がすでに休養を破壊している。


---

 メイド長は、慎重に言葉を選んでいた。

 「本日、商人ギルドより使者が参りました」

 「帰してください」

 「“奥様がお休みだと聞いたので、その方針について確認したい”とのことです」

 「……何を確認するんですの?」


---

 応接室。

 セーラは寝間着のまま、ガウンを羽織って座っていた。  やる気はゼロだが、放置すると被害が拡大するタイプの案件である。

 ガルバンは、なぜか神妙な顔をしていた。


---

 「奥様」

 「端的にお願いしますわ」

 「“奥様が休まれる日”の定義について、ご相談を」

 セーラは、思考を放棄した。

 「……定義?」


---

 「はい」

 ガルバンは真面目に言う。

 「昨日、“不介入日”が設けられた結果」

 「意思決定の速度が上がりました」

 「部下が育ちました」

 「責任の所在が明確になりました」

 「……はい?」


---

 「そこで」

 彼は、紙を一枚差し出した。

 『奥様休養日指針(案)』

 セーラは、頭を抱えた。

 「休み方に、指針を作る必要があります?」


---

 内容はこうだ。

・奥様が関与しない日
・助言を求めてはならない
・判断は各責任者が行う
・結果は共有するが、修正は次回以降

 ――要するに。

 “奥様がいない前提で、ちゃんとやれ”


---

 「……これ、私が休むためのものじゃないですわね?」

 「はい」

 即答だった。

 「奥様が“常に正解を出す存在”にならないためのものです」

 セーラは、言葉を失った。


---

 「私、そんな存在を目指した覚えは……」

 「だからこそです」

 ガルバンは、深く頭を下げた。

 「奥様は“答え”ではなく、“基準”になってしまった」

 「それは危険でもあり、ありがたいことでもあります」


---

 帰り際。

 ガルバンは、ぽつりと付け加えた。

 「ちなみに」

 「商人たちの間で、奥様の休養日は」

 「**“沈黙の祝日”**と呼ばれ始めています」

 セーラは、無言で天を仰いだ。


---

 午後。

 リチャードは、その話を聞いて、肩を震わせていた。

 「……君、もう伝説だな」

 「やめてください」

 「何もしないことで秩序が生まれる」

 「私、何も望んでません!」


---

 リチャードは、紅茶を注ぎながら言う。

 「だが、君は選んだ」

 「“全部背負わない”という選択を」

 セーラは、ふと黙った。


---

 前世では、全部背負っていた。

 責任も、  失敗も、  期待も。

 休むことは、逃げだと思っていた。


---

 「……私」

 セーラは、静かに言った。

 「今回は、ちゃんと休みますわ」

 「それでいい」

 リチャードは、穏やかに微笑んだ。


---

 夕方。

 セーラは庭で、何もせず紅茶を飲んでいた。

 書類もない。  相談もない。  判断もしない。

 ただ、風を感じている。


---

 それでも――。

 遠くで誰かが学び、  決断し、  責任を持ち、  前に進んでいる。

 自分の知らないところで。


---

 セーラは、小さく笑った。

 「……休むって、意外と難しいですわね」

 リチャードは、隣で答えた。

 「だが、今の君は休めている」

 セーラは、空を見上げた。

 働かないつもりだった人生は、
 ついに“休むこと”すら、意味を持ち始めていた。

 本人の意思とは、少しずれたところで。
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