働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第39話「それでも、世界は回っていく」

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第39話「それでも、世界は回っていく」


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 朝の屋敷は、穏やかなざわめきに包まれていた。

 使用人たちの足音、遠くで鳴る食器の音、庭師が土を踏む気配。  どれもが、以前と変わらない。

 ――それなのに。

 セーラは、ふと不思議な感覚に包まれていた。

 「……本当に、何も起きませんわね」

 それは不安ではない。  戸惑いですらない。

 ただ、事実として「自分が中心にいない世界」が、自然に回っている。


---

 朝食後、セーラは書斎の前で足を止めた。

 以前なら、無意識に扉を開けていただろう。  帳簿を確認し、報告書を読み、今日やるべきことを整理する。

 けれど今日は、違う。

 セーラは、そっと踵を返した。

 「……もう、私の場所ではありませんわ」


---

 午前。

 屋敷の応接間では、使用人長と若い補佐役が話し合っていた。

 「では、この件はこの判断で進めます」

 「奥様に確認しなくて、よろしいのですね?」

 使用人長は、はっきりと頷いた。

 「ええ。奥様は、私たちを信じてくださっています」

 「だからこそ、私たちも応えなければ」


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 その様子を、廊下の向こうから見ていたセーラは、小さく息を吐いた。

 胸の奥に、かすかな痛みが走る。

 ――寂しい。

 それは、確かだ。

 だが同時に、確かな実感があった。

 「……私が教えたのではありません」

 「彼ら自身が、選んだのです」


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 昼過ぎ。

 商業ギルドから、一通の報告が届く。

 内容は、これまでで最も短いものだった。

 〈問題なし〉

 たった四文字。

 以前なら、補足説明や判断依頼がびっしりと書かれていたはずだ。

 セーラは、それを読み、静かに封筒を閉じた。

 「……理想的ですわね」


---

 午後。

 リチャードが、珍しく早く執務を切り上げて戻ってきた。

 「今日は、君に聞きたいことがある」

 「何でしょう?」

 「……君は、後悔していないか?」


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 セーラは、少しだけ考えた。

 「後悔……」

 確かに、達成感は薄れた。  賞賛も、感謝も、今はほとんど届かない。

 だが。

 「いいえ」

 彼女は、はっきりと答えた。

 「私は、今のほうが……正直です」


---

 「正直?」

 「ええ」

 「以前の私は、“必要とされる私”でいようと必死でした」

 「でも、それは本当に私が望んだ姿ではなかった」


---

 セーラは、リチャードを見つめる。

 「今は、“何者でもない私”でいられます」

 「そして、それが……こんなにも楽だなんて」


---

 リチャードは、深く息を吐いた。

 「……世界が、君を必要としなくなったわけではない」

 「ただ、君が“支え続ける役”から降りただけだ」

 セーラは、静かに頷いた。

 「ええ」


---

 夕方。

 庭に出ると、子どもたちの笑い声が聞こえた。  使用人の子どもたちが、追いかけっこをしている。

 以前なら、仕事としてその様子を把握していただろう。  今は、ただ眺めるだけだ。

 それでいい。


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 「……世界は、私がいなくても回っていく」

 その事実を、セーラはようやく受け入れていた。

 そして。

 それは、決して残酷なことではなかった。


---

 夜。

 寝室で、灯りを落としながら、セーラは思う。

 誰かの役に立たなくても。  誰かを導かなくても。

 私は、ここにいる。

 それだけで、十分なのだと。


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 こうして、セーラは知った。

 世界は、誰か一人に依存しなくても回る。

 だからこそ――
 人は、安心して「自分の人生」を生きられるのだ。


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