41 / 41
第40話「働かないつもりだったのに、私は幸せです」
しおりを挟む
第40話「働かないつもりだったのに、私は幸せです」
---
春の朝は、静かだった。
鳥のさえずりが庭に満ち、やわらかな光がカーテン越しに差し込む。 セーラはベッドの中で目を開け、しばらく天井を見つめていた。
――今日は、何をする予定もない。
それは、かつての彼女にとって「ありえない一日」だった。 だが今は、心の底から安堵できる。
「……何も、しなくていいのね」
小さく呟き、セーラはゆっくりと起き上がった。
---
朝食は、いつもより遅めだった。
執事も、使用人も、誰一人として急かさない。 屋敷はすでに、自律して動いている。
「奥様、本日は特にご予定は?」
そう尋ねられ、セーラは一瞬考え――微笑んだ。
「いいえ。今日は、ただの“奥様”で過ごしますわ」
その言葉に、使用人は少し驚き、そして深く一礼した。
---
庭に出ると、風が花びらを揺らしていた。
セーラはベンチに腰を下ろし、紅茶を一口含む。 温かさが、ゆっくりと身体に染み渡る。
――かつての私は。
「働かない人生」を夢見ていた。 何も背負わず、責任も持たず、ただ穏やかに生きることを。
けれど現実は違った。
気づけば、商業を変え、屋敷を変え、人を育てていた。
「……結局、働いてしまいましたわね」
だが、その言葉に後悔はなかった。
---
「それでも、君は“働かされて”はいなかった」
不意に、隣から声がした。
リチャードだった。 彼はいつの間にかベンチに腰掛け、同じ庭を眺めている。
「君は、選んでいた」
「やるか、やらないか」
「続けるか、手放すか」
---
セーラは、静かに頷いた。
「……ええ」
「私は、“働かない”ことを目標にしていたわけではなかった」
「“自分で選ぶ”ことが、欲しかったのです」
---
リチャードは、そっと彼女の手を取った。
「そして今、君は選んだ」
「支える側から降りることを」
「そして、“妻として生きること”を」
---
セーラは、彼の手を握り返す。
「はい」
「私はもう、世界を回さなくていい」
「誰かの人生を背負わなくていい」
「……あなたの隣で、笑っていられれば、それで十分ですわ」
---
午後。
二人は並んで屋敷を歩いた。 指示も命令もない、ただの散歩。
使用人たちは遠巻きに見守り、決して踏み込まない。
それが、今の距離感だった。
---
夕暮れ。
セーラは、テラスで空を見上げながら、ふと思う。
「私、働かないつもりだったのに……」
そして、くすりと笑った。
「結局、たくさん働いてしまいましたわ」
「でも――」
---
彼女は、はっきりと言った。
「私は、幸せです」
---
リチャードは、その言葉に何も言わず、ただ微笑んだ。
答えは、もう必要ない。
---
夜。
寝室の灯りを落とし、セーラは彼の隣で目を閉じる。
世界は、今日も回っている。 自分が何もしなくても。
それが、こんなにも穏やかで、安心できることだとは――
かつての彼女は、知らなかった。
---
働かないつもりだった。
でも、選び続けた結果――私は、ここにいる。
それが、セーラの物語。
静かで、確かで、何より自由な人生の、ひとつの答えだった。
-
---
春の朝は、静かだった。
鳥のさえずりが庭に満ち、やわらかな光がカーテン越しに差し込む。 セーラはベッドの中で目を開け、しばらく天井を見つめていた。
――今日は、何をする予定もない。
それは、かつての彼女にとって「ありえない一日」だった。 だが今は、心の底から安堵できる。
「……何も、しなくていいのね」
小さく呟き、セーラはゆっくりと起き上がった。
---
朝食は、いつもより遅めだった。
執事も、使用人も、誰一人として急かさない。 屋敷はすでに、自律して動いている。
「奥様、本日は特にご予定は?」
そう尋ねられ、セーラは一瞬考え――微笑んだ。
「いいえ。今日は、ただの“奥様”で過ごしますわ」
その言葉に、使用人は少し驚き、そして深く一礼した。
---
庭に出ると、風が花びらを揺らしていた。
セーラはベンチに腰を下ろし、紅茶を一口含む。 温かさが、ゆっくりと身体に染み渡る。
――かつての私は。
「働かない人生」を夢見ていた。 何も背負わず、責任も持たず、ただ穏やかに生きることを。
けれど現実は違った。
気づけば、商業を変え、屋敷を変え、人を育てていた。
「……結局、働いてしまいましたわね」
だが、その言葉に後悔はなかった。
---
「それでも、君は“働かされて”はいなかった」
不意に、隣から声がした。
リチャードだった。 彼はいつの間にかベンチに腰掛け、同じ庭を眺めている。
「君は、選んでいた」
「やるか、やらないか」
「続けるか、手放すか」
---
セーラは、静かに頷いた。
「……ええ」
「私は、“働かない”ことを目標にしていたわけではなかった」
「“自分で選ぶ”ことが、欲しかったのです」
---
リチャードは、そっと彼女の手を取った。
「そして今、君は選んだ」
「支える側から降りることを」
「そして、“妻として生きること”を」
---
セーラは、彼の手を握り返す。
「はい」
「私はもう、世界を回さなくていい」
「誰かの人生を背負わなくていい」
「……あなたの隣で、笑っていられれば、それで十分ですわ」
---
午後。
二人は並んで屋敷を歩いた。 指示も命令もない、ただの散歩。
使用人たちは遠巻きに見守り、決して踏み込まない。
それが、今の距離感だった。
---
夕暮れ。
セーラは、テラスで空を見上げながら、ふと思う。
「私、働かないつもりだったのに……」
そして、くすりと笑った。
「結局、たくさん働いてしまいましたわ」
「でも――」
---
彼女は、はっきりと言った。
「私は、幸せです」
---
リチャードは、その言葉に何も言わず、ただ微笑んだ。
答えは、もう必要ない。
---
夜。
寝室の灯りを落とし、セーラは彼の隣で目を閉じる。
世界は、今日も回っている。 自分が何もしなくても。
それが、こんなにも穏やかで、安心できることだとは――
かつての彼女は、知らなかった。
---
働かないつもりだった。
でも、選び続けた結果――私は、ここにいる。
それが、セーラの物語。
静かで、確かで、何より自由な人生の、ひとつの答えだった。
-
21
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
【完結】伐採令嬢とお花畑伯爵のままならない結婚生活
有沢楓花
恋愛
――あなたのために杉(仮)を伐る。新婚伯爵夫妻の別居婚、標高差1000メートル
散々結婚を先延ばしにされた挙句、ついに婚約破棄された男爵家の令嬢・ヘルミーナはとうに行き遅れ。
厳格な父親は家の恥さらしだと、彼女を老貴族の後妻として嫁がせようと画策していた。
老貴族の名を聞き、前世の日本人としての記憶がぼんやりとあったヘルミーナは確信する。
ここは乙女系領地運営シミュレーションゲーム『黒薔薇姫のシュトラーセ』エンディング終了直後の世界で、彼女はこの後夫の不正に巻き込まれて没落するのだと。
抗う彼女の窮地を偶然救ってくれたのは、病のせいで顔をくまなく覆った貴族、「お花畑伯爵」ウィルヘルム。
瘴気漂う領地のせいで滅多に領外に出ないとあって、長らく独身だった。
ウィルヘルムが事情でお飾り妻を必要としていると知ったヘルミーナは、彼に結婚と領地運営の手助けを申し出る。
たとえ彼が「二週目フリーモード以降選択可能な、高難易度領地持ちPC」であろうとも。
しかし手助けしようにもコミュニケーションはままならない。
瘴気を徹底的に避けるため、彼は森林限界の上に建てた別邸で一年の大半を過ごしているのだった。
「あなたの暮らす屋敷からは大よそ1000メートルといったところですね。……標高で、ですが」
1000メートルの別居婚を提案されたヘルミーナは、花粉に似た瘴気をまき散らす森を前に決意する。
登山をして会いに行き、政治的パートナーとして距離を詰めることを。
でなければ、また実家に戻されてしまうだろう。
もう後がないヘルミーナは、伯爵とともに領地を繁栄させることができるのか……?
この話は他サイトにも掲載しています。
白い結婚がバラ色に染まるまで〜30才離れても愛してくれますか〜
雑食ハラミ
恋愛
両親を早くに亡くした貴族令嬢イヴォンヌは、義母娘から虐げられる毎日。そんなある日、義母の差し金で50歳の退役軍人の後妻として嫁ぐ話が浮上する。だが相手のギルバートは「これは白い結婚だから安心してほしい」とイヴォンヌに告げる。亡き父の部下だったギルバートは、忘れ形見の窮状を聞き、便宜上の婚姻関係を結び彼女を保護してくれるというのだ。イヴォンヌはためらいつつも、彼の提案を受け入れた。
死に別れした前妻を今でも愛するギルバート。彼の温かい心根を知り、初めての安らぎを得たイヴォンヌは次第に心を寄せていく。しかし30歳差という現実は、予想以上に大きな壁となって二人の前に立ちはだかった。果たしてイヴォンヌは、白い結婚を本物にできるのだろうか?
本編27話+外伝2話の計29話です。
【完結】エレクトラの婚約者
buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー
エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。
父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。
そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。
エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。
もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが……
11万字とちょっと長め。
謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。
タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。
まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。
オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~
夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。
ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。
嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。
早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。
結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。
他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。
赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。
そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。
でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
商人であった父が、お金で貴族の身分を手に入れた。私というコマを、貴族と結婚させることによって。
でもそれは酷い結婚生活の始まりでしかなかった。悪態をつく姑。私を妻と扱わない夫。夫には離れに囲った愛人がおり、その愛人を溺愛していたため、私たちは白い結婚だった。
結婚して三年。私は流行り病である『バラ病』にかかってしまう。治療費は金貨たった一枚。しかし夫も父も私のためにお金を出すことはなかった。その価値すら、もう私にはないというように。分かっていたはずの現実が、雨と共に冷たく突き刺さる。すべてを悲観した私は橋から身を投げたが、気づくと結婚する前に戻っていた。
健康な体。そして同じ病で死んでしまった仲間もいる。一度死んだ私は、すべてを彼らから取り戻すために動き出すことを決めた。もう二度と、私の人生を他の人間になど奪われないために。
父の元を離れ計画を実行するために再び仮初の結婚を行うと、なぜか彼の愛人に接近されたり、前の人生で関わってこなかった人たちが私の周りに集まり出す。
白い結婚も毒でしかない父も、全て切り捨てた先にあるものは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
いや、なんか面白かった。淡々と進むのに妙に目が離せなくて、クスッと笑うところもあり、他のありふれた小説とちょっと違って飛ばし読みをせずに読めた。