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第4話 置いていくもの、連れていくもの
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第4話 置いていくもの、連れていくもの
王都を発つ朝は、驚くほど穏やかだった。
空は澄み渡り、雲ひとつない青が広がっている。まるで、昨日までの出来事など存在しなかったかのように。
私は宿舎の小さな部屋で、最後の荷造りを終えていた。
床に置かれた荷物は、拍子抜けするほど少ない。
「……これだけ、なのね」
衣服は必要最低限。
書物は数冊。
装身具も、日常使いのものだけ。
王太子妃候補として過ごした日々を思えば、あまりにも簡素だ。
けれど、不思議と未練はなかった。
部屋を見渡す。
この数日、何人かの侍女や従者が「もっと持って行かれた方が」と勧めてくれたが、私はすべて断った。
――置いていくものは、ここに置いていけばいい。
それは物だけの話ではない。
王宮での立場。
期待。
評価を得ようとする気持ち。
誰かに「選ばれる」ことを前提とした生き方。
それらすべてを、この部屋に置いていく。
扉をノックする音がして、顔を出したのはマリアだった。
彼女は相変わらず、心配そうな表情をしている。
「エミリア様、馬車の準備が整いました」
「ありがとう、マリア」
私は微笑んで答えた。
「……本当に、これでよろしいのですか?」
マリアは、部屋の中を見回しながら尋ねる。
「王宮に戻るおつもりは……」
「ないわ」
即答だった。
「もう、戻る理由がないもの」
その言葉に、マリアは何か言いかけて、結局、深く頭を下げた。
「……どこまでも、お供いたします」
「いいえ」
私は首を横に振る。
「あなたは、王宮に残りなさい。ここでの仕事があるでしょう?」
「ですが……!」
「大丈夫。私は一人でも平気よ」
それは強がりではない。
本心だった。
マリアは悔しそうに唇を噛みしめ、やがて、小さく頷いた。
「……エミリア様が、どこに行かれても……私は、あなた様の味方です」
「ありがとう」
短い別れだった。
けれど、その言葉は、胸の奥に静かに残った。
宿舎を出ると、数人の貴族が集まっているのが見えた。
偶然を装っているが、視線は明らかに私へ向けられている。
――様子見、ね。
声をかけてくる者はいない。
けれど、誰もが考えている。
この女は、これからどうするのか。
没落するのか、それとも……。
私は、彼らの前を何事もなかったかのように通り過ぎ、馬車へ乗り込んだ。
扉が閉まり、馬車が動き出す。
王都の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
――これで、本当に終わり。
そう思った、その時。
「……?」
ふと、胸の奥に、わずかな違和感が走った。
視線を感じる。
それも、好奇心や侮蔑ではない、もっと冷静で、計算されたもの。
私は、窓越しに外を窺った。
街道沿いに立つ数人の騎士。その中の一人が、こちらを見ている。
顔は見えない。けれど、その佇まいから、ただ者ではないと直感した。
「……まさか」
すぐに馬車は角を曲がり、その姿は見えなくなった。
けれど、その短い一瞬で、確かに感じた。
――“値踏み”の視線。
王宮の人間ではない。
貴族社会の、別の側にいる者。
胸の奥が、わずかにざわつく。
「……気のせい、ではなさそうね」
私は、膝の上で指を組んだ。
今回の旅は、実家であるノルト公爵家へ戻るためのもの。
けれど、それは“通過点”に過ぎないのかもしれない。
誰かが、私を必要としている。
それも、王太子妃としてではなく――
エミリア・ノルト個人として。
その予感は、不思議と嫌なものではなかった。
馬車は街道を進み、やがて王都の門が遠ざかっていく。
私は、最後に一度だけ、振り返った。
「……さようなら」
声には、感傷はない。
ただ、一区切りとしての言葉。
これから先、私は何を連れていくのか。
知識。
経験。
そして――自分自身を、正当に評価する覚悟。
「次は……選ばれるのではなく、選ぶ側で」
小さくそう呟き、私は前を向いた。
この先に待つ出会いが、
静かに、しかし確実に、私の運命を変えていくことを――
まだ、この時の私は、はっきりとは知らなかった。
王都を発つ朝は、驚くほど穏やかだった。
空は澄み渡り、雲ひとつない青が広がっている。まるで、昨日までの出来事など存在しなかったかのように。
私は宿舎の小さな部屋で、最後の荷造りを終えていた。
床に置かれた荷物は、拍子抜けするほど少ない。
「……これだけ、なのね」
衣服は必要最低限。
書物は数冊。
装身具も、日常使いのものだけ。
王太子妃候補として過ごした日々を思えば、あまりにも簡素だ。
けれど、不思議と未練はなかった。
部屋を見渡す。
この数日、何人かの侍女や従者が「もっと持って行かれた方が」と勧めてくれたが、私はすべて断った。
――置いていくものは、ここに置いていけばいい。
それは物だけの話ではない。
王宮での立場。
期待。
評価を得ようとする気持ち。
誰かに「選ばれる」ことを前提とした生き方。
それらすべてを、この部屋に置いていく。
扉をノックする音がして、顔を出したのはマリアだった。
彼女は相変わらず、心配そうな表情をしている。
「エミリア様、馬車の準備が整いました」
「ありがとう、マリア」
私は微笑んで答えた。
「……本当に、これでよろしいのですか?」
マリアは、部屋の中を見回しながら尋ねる。
「王宮に戻るおつもりは……」
「ないわ」
即答だった。
「もう、戻る理由がないもの」
その言葉に、マリアは何か言いかけて、結局、深く頭を下げた。
「……どこまでも、お供いたします」
「いいえ」
私は首を横に振る。
「あなたは、王宮に残りなさい。ここでの仕事があるでしょう?」
「ですが……!」
「大丈夫。私は一人でも平気よ」
それは強がりではない。
本心だった。
マリアは悔しそうに唇を噛みしめ、やがて、小さく頷いた。
「……エミリア様が、どこに行かれても……私は、あなた様の味方です」
「ありがとう」
短い別れだった。
けれど、その言葉は、胸の奥に静かに残った。
宿舎を出ると、数人の貴族が集まっているのが見えた。
偶然を装っているが、視線は明らかに私へ向けられている。
――様子見、ね。
声をかけてくる者はいない。
けれど、誰もが考えている。
この女は、これからどうするのか。
没落するのか、それとも……。
私は、彼らの前を何事もなかったかのように通り過ぎ、馬車へ乗り込んだ。
扉が閉まり、馬車が動き出す。
王都の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
――これで、本当に終わり。
そう思った、その時。
「……?」
ふと、胸の奥に、わずかな違和感が走った。
視線を感じる。
それも、好奇心や侮蔑ではない、もっと冷静で、計算されたもの。
私は、窓越しに外を窺った。
街道沿いに立つ数人の騎士。その中の一人が、こちらを見ている。
顔は見えない。けれど、その佇まいから、ただ者ではないと直感した。
「……まさか」
すぐに馬車は角を曲がり、その姿は見えなくなった。
けれど、その短い一瞬で、確かに感じた。
――“値踏み”の視線。
王宮の人間ではない。
貴族社会の、別の側にいる者。
胸の奥が、わずかにざわつく。
「……気のせい、ではなさそうね」
私は、膝の上で指を組んだ。
今回の旅は、実家であるノルト公爵家へ戻るためのもの。
けれど、それは“通過点”に過ぎないのかもしれない。
誰かが、私を必要としている。
それも、王太子妃としてではなく――
エミリア・ノルト個人として。
その予感は、不思議と嫌なものではなかった。
馬車は街道を進み、やがて王都の門が遠ざかっていく。
私は、最後に一度だけ、振り返った。
「……さようなら」
声には、感傷はない。
ただ、一区切りとしての言葉。
これから先、私は何を連れていくのか。
知識。
経験。
そして――自分自身を、正当に評価する覚悟。
「次は……選ばれるのではなく、選ぶ側で」
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この先に待つ出会いが、
静かに、しかし確実に、私の運命を変えていくことを――
まだ、この時の私は、はっきりとは知らなかった。
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