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第6話 公爵領への道
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第6話 公爵領への道
シュヴァルツリッター公爵領へ向かう馬車の中は、驚くほど静かだった。
外では規則正しく馬蹄の音が響き、窓の外には、王都近郊とはまるで違う荒々しい大地が広がっている。
私は、向かいに座るノアール・シュヴァルツリッター公爵を盗み見るように観察していた。
――無駄な動きが一切ない。
背筋は自然と伸び、肘掛けに置かれた手も、緊張している様子はない。
沈黙を苦にする様子もなく、ただ必要な時にだけ口を開く。
王太子とは、まるで正反対の存在だと思った。
「……何か、聞きたいことはあるか」
唐突に、ノアール公爵が口を開いた。
視線は窓の外に向けられたまま。
「いいえ」
私は即答した。
「今は、状況を理解する方が先だと思いますので」
その答えに、公爵はわずかに視線をこちらへ向けた。
「慎重だな」
「生き残るためには、必要です」
「……そうだな」
短いやり取り。
けれど、その言葉には、妙な手応えがあった。
馬車が進むにつれ、周囲の景色は次第に変わっていく。
舗装された道は減り、広大な森と岩肌の目立つ山道が現れ始めた。
「この領地は……厳しい土地ですね」
「豊かではない」
公爵は、事実だけを述べるように答える。
「だが、戦略上の要衝だ。交易路、防衛線、鉱山……使い方次第で価値は跳ね上がる」
――使い方次第。
その言葉が、胸に残った。
しばらくして、馬車は大きな門の前で止まった。
黒い石で築かれた堅牢な城壁。その上には、領章が掲げられている。
「ここが、シュヴァルツリッター城だ」
馬車を降りると、冷たい風が頬を撫でた。
王都の華やかさとは無縁の、厳粛な空気。
城門が開かれ、騎士や使用人たちが一斉に整列する。
「――お帰りなさいませ、公爵様」
揃った声が響く。
その視線が、次に私へ向けられた。
好奇心、警戒、そして値踏み。
私は背筋を伸ばし、静かに一礼した。
「ノルト公爵令嬢、エミリア・ノルトです。本日より、公爵様の補佐としてお世話になります」
一瞬、空気が揺れた。
補佐。
その言葉が、この城では予想外だったのだろう。
ノアール公爵が一歩前へ出る。
「この者は、私の判断で迎え入れた。異論は認めない」
それだけで、場は静まり返った。
――強い。
権力を誇示するでもなく、説明するでもなく。
ただ、事実として突きつける。
城内は、質実剛健という言葉がよく似合っていた。
装飾は最低限、実用性重視。
「ここが、君の部屋だ」
案内された部屋は、広すぎず、狭すぎず。
机と本棚、必要なものは揃っている。
「不足があれば言え」
「十分です」
私は即答した。
公爵は一瞬、こちらを見てから頷いた。
「では、休むといい。明日から本格的に動いてもらう」
「承知しました」
そうして扉が閉まると、ようやく一人きりになった。
私は、部屋の中央で静かに息を吐く。
「……本当に、来てしまったのね」
王宮を追われ、行き場を失ったはずの私が、
今は“冷酷公爵の補佐”として迎えられている。
荷物を解きながら、ふと、机の上に置かれた書類に気づいた。
「これは……?」
領内の財務報告書。
しかも、未整理のまま。
ページをめくるだけで、問題点がいくつも見えてくる。
「……なるほど」
税の徴収方法が非効率。
輸送コストが無駄にかかっている。
人材配置も、最適とは言えない。
――やりがいが、ありそう。
その時、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、執事と思しき壮年の男性だった。
「私は、執事長のグラハムと申します。公爵様より、こちらをお渡しするようにと」
差し出されたのは、一通の封書。
中を確認すると、公爵の直筆だった。
『能力は、遠慮なく示せ。
結果を出した者には、それ相応の立場を与える』
短い文。
けれど、そこには明確な意思があった。
私は、封書をそっと閉じる。
「……ええ。存分に」
王太子のもとでは、決して許されなかったこと。
“実力を示す”という、当たり前の行為。
窓の外には、シュヴァルツリッター公爵領の夜が広がっている。
厳しく、冷たく――
しかし、正当に評価される場所。
「ここで、私は――」
自分の価値を、取り戻す。
そう静かに決意し、私は机に向かい、書類にペンを走らせた。
この城での日々は、
確実に、私を変えていく。
そして同時に――
この領地もまた、変わり始めていた。
シュヴァルツリッター公爵領へ向かう馬車の中は、驚くほど静かだった。
外では規則正しく馬蹄の音が響き、窓の外には、王都近郊とはまるで違う荒々しい大地が広がっている。
私は、向かいに座るノアール・シュヴァルツリッター公爵を盗み見るように観察していた。
――無駄な動きが一切ない。
背筋は自然と伸び、肘掛けに置かれた手も、緊張している様子はない。
沈黙を苦にする様子もなく、ただ必要な時にだけ口を開く。
王太子とは、まるで正反対の存在だと思った。
「……何か、聞きたいことはあるか」
唐突に、ノアール公爵が口を開いた。
視線は窓の外に向けられたまま。
「いいえ」
私は即答した。
「今は、状況を理解する方が先だと思いますので」
その答えに、公爵はわずかに視線をこちらへ向けた。
「慎重だな」
「生き残るためには、必要です」
「……そうだな」
短いやり取り。
けれど、その言葉には、妙な手応えがあった。
馬車が進むにつれ、周囲の景色は次第に変わっていく。
舗装された道は減り、広大な森と岩肌の目立つ山道が現れ始めた。
「この領地は……厳しい土地ですね」
「豊かではない」
公爵は、事実だけを述べるように答える。
「だが、戦略上の要衝だ。交易路、防衛線、鉱山……使い方次第で価値は跳ね上がる」
――使い方次第。
その言葉が、胸に残った。
しばらくして、馬車は大きな門の前で止まった。
黒い石で築かれた堅牢な城壁。その上には、領章が掲げられている。
「ここが、シュヴァルツリッター城だ」
馬車を降りると、冷たい風が頬を撫でた。
王都の華やかさとは無縁の、厳粛な空気。
城門が開かれ、騎士や使用人たちが一斉に整列する。
「――お帰りなさいませ、公爵様」
揃った声が響く。
その視線が、次に私へ向けられた。
好奇心、警戒、そして値踏み。
私は背筋を伸ばし、静かに一礼した。
「ノルト公爵令嬢、エミリア・ノルトです。本日より、公爵様の補佐としてお世話になります」
一瞬、空気が揺れた。
補佐。
その言葉が、この城では予想外だったのだろう。
ノアール公爵が一歩前へ出る。
「この者は、私の判断で迎え入れた。異論は認めない」
それだけで、場は静まり返った。
――強い。
権力を誇示するでもなく、説明するでもなく。
ただ、事実として突きつける。
城内は、質実剛健という言葉がよく似合っていた。
装飾は最低限、実用性重視。
「ここが、君の部屋だ」
案内された部屋は、広すぎず、狭すぎず。
机と本棚、必要なものは揃っている。
「不足があれば言え」
「十分です」
私は即答した。
公爵は一瞬、こちらを見てから頷いた。
「では、休むといい。明日から本格的に動いてもらう」
「承知しました」
そうして扉が閉まると、ようやく一人きりになった。
私は、部屋の中央で静かに息を吐く。
「……本当に、来てしまったのね」
王宮を追われ、行き場を失ったはずの私が、
今は“冷酷公爵の補佐”として迎えられている。
荷物を解きながら、ふと、机の上に置かれた書類に気づいた。
「これは……?」
領内の財務報告書。
しかも、未整理のまま。
ページをめくるだけで、問題点がいくつも見えてくる。
「……なるほど」
税の徴収方法が非効率。
輸送コストが無駄にかかっている。
人材配置も、最適とは言えない。
――やりがいが、ありそう。
その時、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、執事と思しき壮年の男性だった。
「私は、執事長のグラハムと申します。公爵様より、こちらをお渡しするようにと」
差し出されたのは、一通の封書。
中を確認すると、公爵の直筆だった。
『能力は、遠慮なく示せ。
結果を出した者には、それ相応の立場を与える』
短い文。
けれど、そこには明確な意思があった。
私は、封書をそっと閉じる。
「……ええ。存分に」
王太子のもとでは、決して許されなかったこと。
“実力を示す”という、当たり前の行為。
窓の外には、シュヴァルツリッター公爵領の夜が広がっている。
厳しく、冷たく――
しかし、正当に評価される場所。
「ここで、私は――」
自分の価値を、取り戻す。
そう静かに決意し、私は机に向かい、書類にペンを走らせた。
この城での日々は、
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そして同時に――
この領地もまた、変わり始めていた。
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