婚約破棄された令嬢ですが、判断を急がない領地改革を始めました

鷹 綾

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第7話 数字が語るもの

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第7話 数字が語るもの

 シュヴァルツリッター公爵領で迎える、最初の朝。
 城の鐘が低く鳴り響き、重厚な石壁に反響する音で、私は目を覚ました。

 王宮で過ごしていた頃よりも、空気が冷たい。
 けれど、その冷たさは不快ではなく、むしろ頭を冴えさせてくれる。

「……今日から、本番ね」

 身支度を整え、机に向かう。
 昨夜のうちに目を通した財務報告書が、きれいに並べられていた。

 税収の推移、支出の内訳、物流コスト、鉱山の稼働率。
 どれも決定的に破綻しているわけではない。
 けれど――無駄が多い。

 そして、その無駄は、長年「仕方がない」と放置されてきたものだ。

 扉をノックする音がした。

「エミリア様。公爵様がお呼びです」

 グラハム執事長の声に応え、私は書類を抱えて執務室へ向かった。

 ノアール・シュヴァルツリッター公爵の執務室は、彼自身と同じく、簡素で無駄がない。
 大きな机と地図、最低限の調度品。

 彼はすでに席についており、私が入ると視線を向けた。

「早いな」

「習慣です」

 私は一礼し、机の前に立つ。

「昨夜、領内の財務資料を拝見しました」

「感想は?」

 問いは短い。
 だが、その目は、私の反応を逃さず見ている。

「……正直に申し上げます」

 私は、言葉を選ばずに続けた。

「この領地は、赤字ではありません。ですが、黒字でもない。“停滞”しています」

 側に控えていた文官が、わずかに眉をひそめた。

「無礼だな」

 小さくそう呟いたのは、年配の官吏だった。

 けれど、ノアール公爵は制止するでもなく、顎で先を促した。

「続けろ」

「はい」

 私は、一歩前へ出る。

「問題は、三点あります。
 第一に、税の徴収方法。
 第二に、物流と輸送。
 第三に、人材配置です」

 私は、用意してきた書類を広げた。

「税は一律で徴収されていますが、地域ごとの生産性に差があります。その差を無視しているため、不満が蓄積し、徴収率が下がっている」

「……確かに」

 文官の一人が、苦々しげに呟いた。

「次に、物流。交易路は複数あるにもかかわらず、最短でないルートが慣習として使われています。護衛の都合、という名目ですが――」

 私は視線を上げる。

「護衛配置を見直せば、十分に短縮可能です。輸送コストは、三割削減できます」

 今度は、はっきりとしたざわめきが起きた。

「最後に、人材です」

 私は、一瞬だけ言葉を切った。

「この領地には、有能な者がいます。ただし、適切な場所に配置されていない」

 年配の官吏が、耐えきれずに口を挟む。

「若い者に何が分かる! この領地は、これで――」

「それで、ここまでです」

 静かな声が、すべてを遮った。

 ノアール公爵だった。

「エミリア、続けろ」

「……ありがとうございます」

 私は深く一礼し、続けた。

「経験は重要です。ですが、慣習は、時に成長を妨げます。
 今の配置では、有能な者ほど埋もれてしまう」

 そして、最後にこう告げた。

「この領地は、伸びます。
 正しく手を入れれば――必ず」

 沈黙が落ちた。

 誰もが、ノアール公爵の判断を待っている。

 彼は、ゆっくりと立ち上がった。

「……面白い」

 その一言に、空気が変わる。

「数字だけでなく、人の動きを見ている。王宮の連中が見逃した理由が、よく分かる」

 文官たちは、言葉を失っていた。

「まずは、試す」

 ノアール公爵は、私をまっすぐに見た。

「エミリア。君に、小さな権限を与える」

「……どの程度の?」

「物流と税の一部。三か月だ」

 短く、だが重い言葉。

「結果が出なければ、即座に撤回する」

「十分です」

 私は迷わず答えた。

「結果で示します」

 その言葉に、ノアール公爵は、ほんのわずかに口角を上げた。

「いい返事だ」

 会議が終わり、執務室を出ると、文官たちの視線が一斉に私へ向けられた。

 先ほどまでの警戒や不満に混じって、別の感情が見える。

 ――期待。

 廊下を歩きながら、私は思う。

「……数字は、嘘をつかない」

 王宮では、誰もそれを聞こうとしなかった。
 けれど、この城では違う。

 評価されるかどうかは、これから次第。
 だが少なくとも――

 ここでは、
 数字が、私の味方をしてくれる。

 それだけで、十分だった。

 冷たい石の廊下を進みながら、私は新しい仕事の段取りを頭の中で組み立てていく。

 この領地を変える。
 そして同時に――

 私自身の価値を、
 誰の手も借りず、証明してみせるために。
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