婚約破棄された令嬢ですが、判断を急がない領地改革を始めました

鷹 綾

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第12話 揺らぐ光

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第12話 揺らぐ光

 聖女セレナの名が、王都に広まってから、まだ日が浅い。
 それでも人々は、彼女に“救い”を求め、祈りを捧げ、期待を寄せていた。

 王宮の大聖堂。
 白い光が差し込むその中心で、セレナは静かに祈りを捧げている。

(……今日も、無事に終わりますように)

 表情は穏やか。
 慈愛に満ちた微笑み。
 だが、その胸の内は、決して静かではなかった。

 ――最近、うまくいかない。

 祈りの後、集まった信徒たちに祝福を与える。
 それは、これまでと同じ流れのはずだった。

「聖女様……この病を、癒してください」

 差し出されたのは、衰弱した子ども。
 母親は涙目で、必死に訴えている。

「……もちろんです」

 セレナは、いつも通り、手をかざした。

 だが。

「……?」

 光が、弱い。

 確かに魔力は流れている。
 だが、以前のような、確かな手応えがない。

「もう一度……」

 再び力を込める。
 それでも、結果は変わらなかった。

 子どもの容体は、わずかに落ち着いた程度。
 奇跡と呼べるほどの回復ではない。

「……ありがとうございます、聖女様」

 母親はそう言って頭を下げたが、その声には、微かな戸惑いが混じっていた。

 周囲の信徒たちも、同じだ。
 誰も声には出さない。
 けれど、期待していた“奇跡”が起きなかったことを、確かに感じ取っている。

(……気のせいよ)

 セレナは、心の中で自分に言い聞かせた。

(今日は、少し疲れているだけ)

 だが、その“少し”が、何度も続いていることを、彼女自身が一番理解していた。

 王宮へ戻る馬車の中。
 セレナは、ぎゅっと手を握りしめる。

(どうして……?)

 聖女として選ばれた時、確かに力はあった。
 人々を癒し、祝福し、称えられた。

 ――それなのに。

「……殿下」

 王太子エドワルドが、向かいに座っている。

「何だ?」

「最近……王宮の空気が、少し変わった気がしませんか?」

 探るような問い。

 エドワルドは、わずかに眉をひそめた。

「細かい問題が増えているだけだ」

「……それは、エミリア様がいなくなったから、では?」

 その名を口にした瞬間、エドワルドの表情が硬くなる。

「彼女の話は、もういい」

 強く言い切るが、その声音には苛立ちが滲んでいた。

 セレナは、内心で小さく舌打ちする。

(やっぱり……影響は、大きい)

 彼女が想像していた以上に、エミリア・ノルトという存在は、王宮に深く根を張っていた。

 それが、気に入らない。

 ――奪ったはずなのに。

 夜、自室に戻ったセレナは、鏡の前に立った。
 白い衣装に身を包み、聖女としての自分を映す。

「……私は、聖女よ」

 呟くように、言い聞かせる。

「選ばれた存在。必要とされる存在」

 だが、その言葉は、鏡の中で空しく消えた。

 数日後。
 聖女庁から、一通の報告がもたらされた。

「……治癒の効果に、ばらつきが見られる?」

 文面を読んだセレナは、思わず紙を握り潰しそうになる。

「再確認を……? 何を、今さら……!」

 これまで、誰も疑わなかった。
 “聖女の力”であることを。

 だが――。

 王宮内でも、囁きが生まれ始めていた。

「最近、聖女様の奇跡が……」 「前より、弱くなっているような……」

 小さな疑念。
 けれど、それは確実に、広がっていく。

 その頃、シュヴァルツリッター公爵領では。

「王宮の聖女に関する噂が、こちらにも届いています」

 グラハム執事長の報告に、私は手を止めた。

「……そう」

「確認なさいますか?」

「いいえ」

 私は首を横に振る。

「放っておきましょう。
 噂は、事実が追いついた時に、勝手に形になります」

 聖女の光が揺らぐ時。
 それは、誰かが仕組んだ罠ではない。

 ――実力の問題だ。

 窓の外を見つめながら、私は静かに思う。

(いずれ、すべてが明らかになる)

 エミリア・ノルトは、もう王宮の人間ではない。
 だが――

 王宮が抱える“歪み”は、
 確実に、自らの内側から露わになり始めていた。

 それが、
 崩れ始めた光の、正体だった。
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