婚約破棄された令嬢ですが、判断を急がない領地改革を始めました

鷹 綾

文字の大きさ
22 / 40

第22話 舞台に立つ覚悟

しおりを挟む
第22話 舞台に立つ覚悟

 王都の城壁が見えた瞬間、馬車の空気が変わった。

 人の流れが密になり、道の端には露店が並び、遠くから鐘の音が重なって聞こえてくる。
 懐かしい――そう感じる前に、私は意識的に息を整えた。

(懐かしさに、足を取られない)

 王都は、過去の場所だ。
 今の私が立つ場所ではない。

 迎えの騎士に導かれ、宿舎へ向かう。
 用意されたのは、格式だけは整ったが、どこか“仮住まい”の空気が漂う部屋だった。

「……十分ね」

 私は荷を解き、資料鞄を机に置いた。
 余計な装飾は要らない。必要なのは、明日の会議で示す中身だけだ。

 ほどなく、控えめなノック。

「エミリア・ノルト補佐官様。
 王宮より、非公式の面会要請がございます」

 案内役の文官が、言葉を選んで告げる。

「……非公式、ですか」

 私は、視線を上げた。

「どなたから?」

「財務局長代理と、内務院の数名が同席するとのことです」

 予想通りだった。
 公式会議の前に、圧をかけ、情報を引き出す。

「お断りします」

 即答だった。

 文官が、わずかに目を見開く。

「理由は、明日の会議で十分にお話しできるからです」

「……承知しました」

 扉が閉まり、部屋に静けさが戻る。

 私は、椅子に腰を下ろし、資料を一枚取り出した。
 シュヴァルツリッター公爵領の改革概要――短く、正確に、逃げ場のない構成。

(線は、ここで引く)

 非公式な場に出れば、こちらの立場は曖昧になる。
 王都では、それが命取りだ。

 夕刻、廊下で思わぬ人物とすれ違った。

「……エミリア?」

 声の主は、かつて王宮で顔見知りだった文官だ。
 以前よりも、少し疲れた表情をしている。

「お久しぶりです」

 私は、立ち止まり、礼をした。

「本当に……戻ってきたんだな」

「視察と会議のために、です」

 言葉を選び、距離を保つ。

「王宮は……正直、混乱している」

 彼は、声を落とした。

「皆、君の資料を真似しようとしているが、うまくいかない」

「仕組みだけを真似ても、動きません」

 私は、淡々と答える。

「人と責任の置き方が、違いますから」

 彼は、苦笑した。

「相変わらずだな」

「変わりました」

 私は、静かに訂正する。

「選ぶ立場になりましたから」

 その言葉に、彼は何も言えなかった。

 夜。
 宿舎の窓から、王都の灯りを眺める。

 美しい。
 けれど、どこか張り詰めている。

(ここは、舞台)

 主役になろうとは思わない。
 だが、端役で終わるつもりもない。

 翌朝、会議当日。

 大広間には、各地の代表が集まっていた。
 視線が交錯し、評価と警戒が入り混じる。

「次に、シュヴァルツリッター公爵領の報告を」

 司会の声が響く。

 私は、立ち上がった。

 歩みは、落ち着いている。
 一歩一歩が、これまで積み重ねた日々の延長だ。

「エミリア・ノルト。
 シュヴァルツリッター公爵補佐官として、報告いたします」

 ざわめきが、静まる。

「我々の改革は、奇策ではありません。
 透明化、分業、責任の明確化――それだけです」

 私は、資料を掲げる。

「成果は、こちらに示した通り。
 短期的な効率ではなく、継続性を重視しています」

 質問が飛ぶ。

「その体制、王都でも再現可能だと?」

「条件次第です」

 私は、即答する。

「権限と責任を一致させる覚悟があれば。
 なければ、数字だけが崩れます」

 場が、静まり返る。

 忖度はしない。
 媚びもしない。

 それが、私の立場だ。

「最後に、一点」

 私は、視線を巡らせた。

「この改革は、私個人の功績ではありません。
 現場が動き、信頼が積み上がった結果です」

 拍手は、起きなかった。
 だが、それでいい。

 王都は、拍手よりも重い沈黙で、価値を測る。

 席に戻ると、いくつもの視線が突き刺さる。
 評価、警戒、そして――計算。

(来る)

 会議後の動きが、勝負だ。

 私は、資料を整え、背筋を伸ばした。

 ここは、私の居場所ではない。
 だが、私の言葉は、ここでも通る。

 舞台に立つ覚悟は、すでにできている。

 この王都で、私は何も失わない。
 示すべきものは、すでに手の中にあるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

婚約破棄で追放された悪役令嬢ですが、隣国で『魔道具ネット通販』を始めたら金貨スパチャが止まりません〜私を追い出した王国は経済崩壊しました〜

ハリネズミの肉球
ファンタジー
「婚約破棄だ。君は国を裏切った」 王太子の冷たい宣言で、公爵令嬢セシリア・アルフェンはすべてを失う。 罪状は“横領と国家反逆”。もちろん冤罪だ。 だが彼女は静かに笑っていた。 ――なぜなら、彼女には誰にも知られていない能力があったから。 それは「異世界にいながら、現代日本のECサイトを閲覧できる」という奇妙なスキル。 隣国へ追放されたセシリアは、その知識を使い始める。 鏡。石鹸。ガラス瓶。香水。保存食。 この世界ではまだ珍しい品を魔道具で再現し、数量限定で販売。 さらに彼女は「配信魔道具」を開発。 商品制作の様子をライブ配信しながら販売するという、前代未聞の商売を始める。 結果―― 貴族たちは熱狂。 金貨の投げ銭が空を舞う。 セシリアの店は世界最大の商会へと急成長。 一方で、彼女を追放した祖国では異変が起きていた。 セシリアが管理していた輸出ルートが止まり、 物資不足、価格暴騰、そして経済崩壊。 焦った王太子が通信魔道具で泣きついてくる。 「戻ってきてくれ……!」 しかしセシリアはワイングラスを揺らしながら笑う。 「あ、その声はブロック対象です」 これは―― 婚約破棄された悪役令嬢が、世界経済を握るまでの物語。 ※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

処理中です...