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第32話 責任の輪郭
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第32話 責任の輪郭
朝の鐘が鳴る前から、城内は静かに動き始めていた。
執務室の窓を開けると、ひんやりとした空気が流れ込み、遠くで市場の準備をする音がかすかに聞こえる。
以前なら、この時間には机の上に書類が積まれ、私はその山に向き合っていた。
だが今、机の上は整っている。
(……軽くなった、わけじゃない)
責任が消えたわけではない。
ただ、輪郭がはっきりしてきたのだ。
午前の定例報告は、短時間で終わった。
「物流部門、予定通り進行」
「研修制度、第二段階へ移行」
「新規投資案件、部門判断で承認済み」
私は、要点だけを確認し、最後に一言添える。
「判断理由と想定リスク、必ず記録に残してください」
「はい」
それだけで、会議は終了した。
部屋を出る職員たちの背中は、以前よりもまっすぐだ。
誰かの顔色をうかがう様子もない。
(責任が、形になり始めている)
責任とは、本来曖昧なものだ。
だから人は、押し付け合い、逃げ道を探す。
だが、どこからどこまでが自分の役目なのかが見えれば、
人は驚くほど落ち着いて動ける。
昼前、私は監査担当からの報告を受けた。
「最近、報告の質が変わってきています」
「どのように?」
「失敗事例でも、言い訳が減りました。
代わりに、“ここが判断だった”という記述が増えています」
私は、静かに頷いた。
「責任の所在が、明確になってきた証ですね」
「はい。ただ……」
監査担当は、一瞬言葉を切る。
「一部で、責任を“抱え込みすぎる”傾向も見られます」
私は、息を吐いた。
(次の段階、か)
責任を持つことに慣れ始めた人ほど、
それを手放すことに不安を覚える。
午後、私は部門長数名を集め、短い打ち合わせを行った。
「最近、“自分の判断だから”と、相談を避ける動きが出ています」
場の空気が、少し硬くなる。
「それは、良い兆候でもあります」
私は、先にそう言った。
「ですが、責任とは孤立することではありません」
視線を一人一人に向ける。
「相談することは、判断を放棄することではない。
判断材料を増やす行為です」
部門長の一人が、少し困ったように言った。
「……ですが、相談すれば責任が分散してしまうのでは?」
「いいえ」
私は、はっきりと否定する。
「最終判断を下す人が明確であれば、
相談しても責任は分散しません」
沈黙が落ちる。
「むしろ、相談せずに抱え込む方が、
失敗したときに大きな歪みを生みます」
その言葉に、皆が静かに頷いた。
夕方、私は城下の視察に出た。
工房では、若い職人が新しい工程について議論している。
「ここは、俺が判断する」
「でも、その前に一度確認しよう」
言葉は強いが、閉じてはいない。
(いい形だ)
市場では、商人同士が取引条件を詰めていた。
「この価格で決める。
ただし、次回は見直す」
曖昧な約束ではなく、期限と条件が添えられている。
城へ戻る途中、私は足を止めた。
(責任の輪郭が、見えてきた)
それは、個人を縛る鎖ではない。
行動を支える枠だ。
夜、執務室で一日の記録をつける。
今日の出来事は、派手ではない。
事件も、衝突もない。
だが、こうした日々こそが、
組織を強くする。
責任を与えること。
責任を明確にすること。
責任を、孤独にしないこと。
その三つが揃って、
初めて“任せる”が成立する。
私は、日誌の最後に一文を書き添えた。
――責任は、輪郭が見えたとき、初めて引き受けられる。
窓の外では、城下の灯りが静かに揺れている。
この光は、
一人の決断では生まれない。
多くの判断が、
それぞれの責任の輪郭の中で、
重なり合って生まれている。
私は、静かに灯りを落とした。
責任が、重荷ではなくなるその瞬間を、
確かに感じながら。
朝の鐘が鳴る前から、城内は静かに動き始めていた。
執務室の窓を開けると、ひんやりとした空気が流れ込み、遠くで市場の準備をする音がかすかに聞こえる。
以前なら、この時間には机の上に書類が積まれ、私はその山に向き合っていた。
だが今、机の上は整っている。
(……軽くなった、わけじゃない)
責任が消えたわけではない。
ただ、輪郭がはっきりしてきたのだ。
午前の定例報告は、短時間で終わった。
「物流部門、予定通り進行」
「研修制度、第二段階へ移行」
「新規投資案件、部門判断で承認済み」
私は、要点だけを確認し、最後に一言添える。
「判断理由と想定リスク、必ず記録に残してください」
「はい」
それだけで、会議は終了した。
部屋を出る職員たちの背中は、以前よりもまっすぐだ。
誰かの顔色をうかがう様子もない。
(責任が、形になり始めている)
責任とは、本来曖昧なものだ。
だから人は、押し付け合い、逃げ道を探す。
だが、どこからどこまでが自分の役目なのかが見えれば、
人は驚くほど落ち着いて動ける。
昼前、私は監査担当からの報告を受けた。
「最近、報告の質が変わってきています」
「どのように?」
「失敗事例でも、言い訳が減りました。
代わりに、“ここが判断だった”という記述が増えています」
私は、静かに頷いた。
「責任の所在が、明確になってきた証ですね」
「はい。ただ……」
監査担当は、一瞬言葉を切る。
「一部で、責任を“抱え込みすぎる”傾向も見られます」
私は、息を吐いた。
(次の段階、か)
責任を持つことに慣れ始めた人ほど、
それを手放すことに不安を覚える。
午後、私は部門長数名を集め、短い打ち合わせを行った。
「最近、“自分の判断だから”と、相談を避ける動きが出ています」
場の空気が、少し硬くなる。
「それは、良い兆候でもあります」
私は、先にそう言った。
「ですが、責任とは孤立することではありません」
視線を一人一人に向ける。
「相談することは、判断を放棄することではない。
判断材料を増やす行為です」
部門長の一人が、少し困ったように言った。
「……ですが、相談すれば責任が分散してしまうのでは?」
「いいえ」
私は、はっきりと否定する。
「最終判断を下す人が明確であれば、
相談しても責任は分散しません」
沈黙が落ちる。
「むしろ、相談せずに抱え込む方が、
失敗したときに大きな歪みを生みます」
その言葉に、皆が静かに頷いた。
夕方、私は城下の視察に出た。
工房では、若い職人が新しい工程について議論している。
「ここは、俺が判断する」
「でも、その前に一度確認しよう」
言葉は強いが、閉じてはいない。
(いい形だ)
市場では、商人同士が取引条件を詰めていた。
「この価格で決める。
ただし、次回は見直す」
曖昧な約束ではなく、期限と条件が添えられている。
城へ戻る途中、私は足を止めた。
(責任の輪郭が、見えてきた)
それは、個人を縛る鎖ではない。
行動を支える枠だ。
夜、執務室で一日の記録をつける。
今日の出来事は、派手ではない。
事件も、衝突もない。
だが、こうした日々こそが、
組織を強くする。
責任を与えること。
責任を明確にすること。
責任を、孤独にしないこと。
その三つが揃って、
初めて“任せる”が成立する。
私は、日誌の最後に一文を書き添えた。
――責任は、輪郭が見えたとき、初めて引き受けられる。
窓の外では、城下の灯りが静かに揺れている。
この光は、
一人の決断では生まれない。
多くの判断が、
それぞれの責任の輪郭の中で、
重なり合って生まれている。
私は、静かに灯りを落とした。
責任が、重荷ではなくなるその瞬間を、
確かに感じながら。
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