『婚約破棄されたので、元婚約者の「理想の聖女」を育ててみた結果』

鷹 綾

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第9話 追いかけてきたのに、もう同じ場所には立てません

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第9話 追いかけてきたのに、もう同じ場所には立てません

 聖堂の外は、驚くほど静かだった。

 さきほどまで張りつめていた空気が嘘のように、風は穏やかで、空は高い。
 私はミリエラの歩幅に合わせ、ゆっくりと回廊を進んでいた。

「……ごめんなさい」

 不意に、彼女が立ち止まり、小さな声で言った。

「私が、ちゃんとしていれば……」

 私は足を止め、首を横に振る。

「謝る必要はありません。
 あなたは、きちんと“自分の限界”を伝えただけです」

「でも……殿下は……」

「“殿下”だからこそ、伝えなければならなかったことです」

 ミリエラは、少しだけ目を見開いた。

 聖女は、従う存在ではない。
 国の道具でも、王太子の装飾品でもない。

 その当たり前を、彼女は今、体で学んでいる。

 その時だった。

「……待て」

 低く、押し殺した声が背後から響いた。

 振り返らなくても、誰なのかは分かる。
 重い足音。焦りの滲んだ気配。

 王太子エドワルド殿下だった。

「話がある」

 私はミリエラを半歩後ろに下がらせ、自分が前に出る。

「殿下。今は――」

「君にではない。
 ミリエラにだ」

 殿下の視線が、私の肩越しに彼女を射抜く。

 だが、ミリエラは一歩も前に出なかった。
 代わりに、私の背中に、そっと額が触れる。

 ――答えは、もう出ている。

「……殿下」

 私は静かに言った。

「今の彼女に話しかけるなら、
 “命令”でも“評価”でもない言葉を選ぶべきです」

 殿下の表情が歪む。

「君は、相変わらずだな」

「変わっていないのは、殿下です」

 一拍。

「あなたは、“結果が出ないと価値がない”という前提で、
 人を見る癖がある」

 殿下の拳が、ぎゅっと握られる。

「……私は、国のために――」

「その“国”に、聖女は含まれていますか?」

 殿下は、答えられなかった。

 沈黙の中、ミリエラが、私の背後から小さく口を開く。

「……殿下」

 その声に、殿下の目が揺れる。

「私は……殿下が怖いわけではありません」

 一歩、踏み出す。

 けれど、私の横までだ。

「ただ……殿下の前では、
 “うまくできない自分”が、許されない気がするんです」

 殿下の喉が、ひくりと鳴る。

「それは……」

「リュシア様の前では、
 失敗しても、何も起きませんでした」

 それが、決定打だった。

 殿下は、何か言おうとして――
 結局、何も言えなかった。

 私は、静かに一礼する。

「殿下。
 追いかけてこられても、
 もう、同じ場所には戻れません」

 その言葉は、拒絶ではない。
 ただの、現実の提示だった。

 殿下は、立ち尽くしたまま、動かなかった。

 私たちは、その場を後にする。

 回廊の角を曲がる直前、私は一度だけ振り返った。

 そこにいたのは、
 王太子でも、指導者でもない。

 “選ばれなかった側”に、初めて立たされた一人の青年だった。

 そして私は思う。

(……あの人は、
 本当に欲しかったものを、
 最初から自分で壊していたのね)

 ミリエラの歩みは、もう震えていなかった。
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