『婚約破棄されたので、元婚約者の「理想の聖女」を育ててみた結果』

鷹 綾

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第10話 国が選んだのは、王太子ではありませんでした

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第10話 国が選んだのは、王太子ではありませんでした

 翌朝、王宮は静かに、しかし確実にざわついていた。

 廊下を行き交う文官たちの足取りが早い。
 囁き声は抑えられているが、その内容までは隠しきれていない。

「……昨夜の数値、見ましたか」 「ええ。あれは……」

 私はミリエラと並んで、離宮へ向かって歩いていた。
 聖堂から距離を置くという、神官長の判断だ。

「リュシア様……」

「聞かなくていいですよ」

 彼女の視線の先にあるのは、
 “自分の存在が国を揺らしている”という現実。

「大人の世界は、勝手に騒ぎますから」

 それは慰めではなく、事実だった。

    ◇

 午前中に開かれたのは、非公開の緊急評議会。

 参加者は、国王、宰相、神官長、そして主要貴族のみ。
 ――王太子エドワルド殿下の姿は、なかった。

 議題は一つ。

「新聖女の安定運用について」

 神官長が淡々と報告する。

「昨日の沈黙状態は、
 聖女自身の拒否反応によるものです。
 命令・叱責が引き金となりました」

 室内の空気が、ぴしりと固まる。

「一方で」

 続けて、彼は視線を上げた。

「リュシア・ヴァルモンの監督下では、
 祈祷なしでも聖力は安定しています」

 数値が、机に置かれた。

 誰も否定しなかった。
 否定できなかった。

 国王が、低く息を吐く。

「……王太子は?」

「昨日以降、聖女との直接接触はありません」

 沈黙。

 それは、答えだった。

「では、結論を」

 宰相が口を開く。

「聖女の精神的安全を最優先とし、
 当面の管理権限を、
 リュシア・ヴァルモンに正式委任する」

 決議は、満場一致だった。

    ◇

 午後、私は正式な書状を受け取った。

 金の縁取りがされた封書。
 そこに記された文言を見て、思わず小さく息を吐く。

「……“聖女統括補佐官”」

 肩書きが、少しだけ変わっただけ。

 でも、その意味は重い。

 ミリエラが、不安そうに見上げる。

「……殿下は?」

「今日は、お会いにならない方がいいでしょう」

 私はそう答えた。

 なぜなら――

 その頃、王太子エドワルド殿下は、
 別の場所で同じ報告を受けていたからだ。

「……つまり」

 彼は、ゆっくりと繰り返す。

「国は、
 私ではなく……彼女を選んだと?」

 報告役の文官は、何も言えなかった。

 言葉にすれば、
 それは“事実の宣告”になる。

 殿下は、椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。

 怒鳴り声はない。
 物を投げることもない。

 ただ――理解できない、という顔だった。

 彼はずっと、
 “選ぶ側”に立ってきた。

 選ばれない立場など、
 一度も想像したことがなかったのだ。

    ◇

 夕暮れ、離宮の庭で、ミリエラは花に水をやっていた。

「……静かですね」

「ええ」

 私は隣に立ち、同じ景色を見る。

「でも、静かな方が、
 ちゃんと根は育ちます」

 彼女は、少し考えてから、微笑んだ。

「……リュシア様」

「はい」

「私……ここにいて、いいんですよね」

 その問いに、私は迷わず答える。

「ええ。
 あなたが選ばれたのですから」

 国が。
 制度が。
 そして――彼女自身が。

 遠くで、王宮の鐘が鳴る。

 それはもう、
 王太子の決断を告げる音ではない。

 国が下した選択を、静かに知らせる音だった。

 そして私は確信する。

 ざまぁは、まだ派手ではない。

 けれど――
 もう、後戻りはできない段階に入った。
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