『婚約破棄されたので、元婚約者の「理想の聖女」を育ててみた結果』

鷹 綾

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第12話 聖女が「選ばれる側」をやめた日

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第12話 聖女が「選ばれる側」をやめた日

 翌朝、離宮はいつもより静かだった。

 風の音も、鳥の声も、やけに遠く感じられる。
 私は中庭を見渡しながら、昨夜のことを思い返していた。

 ――王太子は、まだ理解していない。
 けれど、国はもう動き始めている。

「リュシア様」

 背後から、ミリエラの声。

 振り返ると、彼女はいつもよりきちんと身なりを整えて立っていた。
 どこか、決意を含んだ表情。

「……どうしました?」

「お話があります」

 その言葉だけで、察しはついた。

    ◇

 離宮の小さな応接間。
 使用人も神官も下がらせ、二人きりになる。

 ミリエラは、一度深呼吸してから口を開いた。

「私……今まで、“選ばれる聖女”でいようとしていました」

 ゆっくりと、言葉を探しながら。

「誰かに認められないと、
 奇跡を起こせないと、
 価値がないと思っていて……」

 私は、黙って頷く。

「でも」

 彼女は顔を上げた。

「ここに来て、
 何もしなくても、
 呼吸しているだけで……
 ちゃんと、力があると分かりました」

 それは、聖女としてだけではない。
 一人の人間としての自覚だった。

「だから」

 ミリエラは、まっすぐに私を見る。

「これからは、
 “誰かに選ばれる”聖女ではなく……
 自分で選ぶ聖女でいたいです」

 一瞬、言葉が出なかった。

 ――ああ。

(ついに、ここまで来た)

「……具体的には?」

 私が尋ねると、彼女は少し緊張しながら答えた。

「まず……王太子殿下の直接指揮から、正式に外れてほしいです」

 はっきりとした拒否。
 逃げでも、甘えでもない。

「そして、今後の公的活動についても、
 内容と頻度を、私自身で決めたい」

 それは、制度を揺さぶる要求だった。

 けれど。

「可能です」

 私は、即座に答えた。

 ミリエラが目を見開く。

「本当に……?」

「ええ。
 もう前例は、十分に作りましたから」

 沈黙の安定。
 祈らない祈祷。
 命令で力が失われる事実。

 すべてが、彼女の味方だ。

「ただし」

 私は続ける。

「責任は、増えます」

「……分かっています」

 その返事に、迷いはなかった。

「それでも、
 “誰かの期待に応えるために壊れる”より、
 自分で選んで、立っていたいです」

 私は、深く息を吸い――
 ゆっくりと頷いた。

「では、支えます」

 ミリエラの目に、涙が浮かぶ。

「……ありがとうございます」

「お礼は不要です」

 私は微笑んだ。

「これは、あなた自身の選択ですから」

    ◇

 その日の午後。

 神官長、宰相、国王代理が集まり、
 緊急の文書がまとめられた。

 ――聖女の活動方針は、
 聖女本人の意思を最優先とする。

 それは、制度の書き換えだった。

    ◇

 夕暮れ、離宮の庭。

 ミリエラは、風に揺れる木々を見上げながら、ぽつりと言った。

「……私、怖くないです」

「それは、いい兆候ですね」

「はい」

 彼女は、静かに笑う。

「もう、“選ばれる”必要がないから」

 遠くで、王宮の鐘が鳴る。

 それは、
 聖女が“立場”ではなく“主体”になったことを知らせる音だった。

 そして私は、確信する。

 この瞬間――
 王太子エドワルドが、
 二度と取り戻せないものを失ったのだと。

 彼が失ったのは、権限ではない。

 “選ばれる可能性”そのものだった。
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