『婚約破棄されたので、元婚約者の「理想の聖女」を育ててみた結果』

鷹 綾

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第13話 王太子は、最後の切り札を切りました

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第13話 王太子は、最後の切り札を切りました

 聖女の活動方針が正式に改定された翌日。

 王宮の空気は、張りつめていた。

 表向きは何も変わっていない。
 だが、廊下を歩く文官たちの表情は硬く、視線は必要以上に伏せられている。

 ――嵐の前触れ、というやつだ。

「リュシア様」

 宰相補佐が、小声で私に告げた。

「殿下が……動かれました」

「“話し合い”では、ありませんね」

「はい」

 その一言で、十分だった。

    ◇

 その日の正午、王太子エドワルド殿下は、貴族院の一部を集め、非公式の場を設けた。

 名目は――
 『聖女制度の安全保障に関する緊急協議』

 聞こえはいい。
 中身は、もっと分かりやすかった。

「聖女が、補佐官に依存しすぎている」

「一個人に権限が集中するのは危険だ」

「王家の統制を外れるなど、前例がない」

 それらの言葉が、意図的に流される。

 ――私を、危険人物に仕立て上げるつもりだ。

 私は、その報告を離宮で受けていた。

「……殿下は、
 “制度”を盾に出てきましたか」

 ミリエラは、不安そうに私を見る。

「私のせい……ですよね?」

「いいえ」

 私は、きっぱりと否定した。

「これは、殿下自身の選択です」

 追い詰められた人間は、
 必ず“正しそうな言葉”を最後の武器にする。

    ◇

 夕刻、王太子から正式な召喚状が届いた。

 場所は、貴族院会議室。
 公開ではないが、証人は多数。

 ――逃げ場を塞ぐ気だ。

「……行かない、という選択肢は?」

 ミリエラが、静かに尋ねる。

「あります」

 私は頷いた。

「ですが……」

「行くんですよね」

 彼女の言葉に、私は少しだけ微笑んだ。

「ええ。
 ここで逃げると、
 “殿下の物語”が事実になってしまう」

    ◇

 貴族院会議室。

 円卓の中心に立つ王太子は、すでに“勝つ気”の顔をしていた。

「リュシア・ヴァルモン」

 呼び捨て。

「君は、聖女の意思を利用し、
 王家の権限を侵害している」

 ざわめき。

「君がいなくなれば、
 聖女は元の安定を失う可能性が高い」

 ――なるほど。
 私を排除すれば、彼女が壊れる、と。

「だから提案する」

 殿下は、はっきりと言った。

「君を、聖女補佐の任から外す。
 聖女は、王家直轄で管理する」

 静まり返る会議室。

 私は、一歩前に出た。

「殿下」

「弁明なら、後だ」

「弁明ではありません。確認です」

 私は、淡々と尋ねた。

「それは、“聖女本人の意思”を確認した上での提案ですか?」

 一瞬、殿下の言葉が詰まる。

「……国家の安全保障の問題だ」

「質問に答えてください」

 沈黙。

 それ自体が、答えだった。

「では」

 私は、ゆっくりと振り返る。

「本人に、聞きましょう」

 会議室の扉が開き、
 ミリエラが入ってきた。

 彼女は、怯えていなかった。

 視線はまっすぐ。
 足取りは、落ち着いている。

「……ミリエラ?」

 殿下の声に、わずかな動揺が混じる。

 彼女は、円卓の中央に立ち、はっきりと告げた。

「私は、
 王太子殿下の管理下に戻るつもりはありません」

 ざわめきが走る。

「理由は、一つです」

 ミリエラは続ける。

「そこでは、
 私は“聖女”でいる前に、
 “道具”でした」

 殿下の顔が、見る見るうちに青ざめる。

「……それは、誤解だ」

「いいえ」

 彼女は、静かに首を振った。

「誤解ではありません。
 私が、そう感じていた事実です」

 その瞬間。

 王太子の“切り札”は、
 完全に、無力化された。

 私は、心の中で思う。

(殿下。
 あなたは、制度を使えば勝てると信じていた)

 でも――

 制度の中で、一番守られるべき存在が、
 あなたを拒否した。

 それが、終わりの合図だった。
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