『婚約破棄されたので、元婚約者の「理想の聖女」を育ててみた結果』

鷹 綾

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第15話 それでも王太子は、納得できませんでした

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第15話 それでも王太子は、納得できませんでした

 沈黙の会議から三日後。

 王宮は、表向きは平常運転を取り戻していた。
 文官は書類を運び、神官は祈り、貴族たちは相変わらずの世間話をする。

 ――だが、水面下では、確実に“線”が引かれていた。

 誰が中心で、
 誰が周縁に追いやられたのか。

 それを、皆が理解している。

    ◇

 王太子エドワルド殿下は、その線を、どうしても受け入れられずにいた。

「……これは、一時的な混乱だ」

 執務室で、殿下はそう呟く。

「感情に流されただけだ。
 聖女も、貴族たちも……」

 机の上には、山積みの報告書。
 だが、どれも似た内容だった。

・聖女ミリエラの精神状態は安定
・聖力値は過去最高水準を維持
・民衆の支持は上昇傾向

 ――反論の余地は、ない。

「……理解できない」

 殿下は、椅子に深く座り込む。

「私は、正しいことをしてきたはずだ」

 国のため。
 制度のため。
 秩序のため。

 それなのに。

「なぜ……
 私が、外される……?」

 彼の問いに、答える者はいない。

    ◇

 一方、離宮では。

 ミリエラは、庭の片隅で、静かに祈りを捧げていた。
 形式ばった儀式ではない。
 ただ、土に触れ、風を感じるだけ。

 私は、少し離れた場所から、その様子を見守っていた。

「……不思議です」

 祈りを終えた彼女が、ぽつりと言う。

「昔は、“何かをしなきゃ”って、
 ずっと追われている気がしていました」

「今は?」

「……今は、“何もしなくても、ここにいていい”」

 それは、聖女としてではなく、
 一人の人としての安定だった。

「殿下は……どうなるんでしょうか」

 彼女の声には、責める響きはなかった。

「どうにもなりません」

 私は、正直に答える。

「ご自分で、折り合いをつけるしかない」

 ミリエラは、少し考え――
 小さく頷いた。

    ◇

 その夜。

 王太子は、ついに“最後の手段”に出た。

 ――国王代理への、直接の直訴。

「これは、国家運営の問題です」

 殿下は、必死に訴える。

「感情に左右された制度は、
 いずれ国を危うくします」

 国王代理は、しばらく黙って聞いていた。

 やがて、低く告げる。

「では、聞こう」

「……は?」

「“感情に左右されていない証拠”を、示せ」

 殿下は、言葉に詰まった。

 数字は、ミリエラ側にある。
 安定も、成果も、民意も。

「……それは……」

「殿下」

 国王代理は、静かに続ける。

「あなたは、
 “理屈で動いているつもりの感情”を、
 理性だと勘違いしている」

 その言葉は、容赦がなかった。

「あなたは、“正しいはずだった自分”を、
 手放せていないだけだ」

 殿下の肩が、震える。

    ◇

 翌朝。

 王宮内に、短い通達が回った。

 ――王太子エドワルドは、
 当面、聖女政策および宗教行政から外れる。

 名目は、“職務整理”。

 だが、誰もが理解していた。

 ――事実上の更迭だ。

    ◇

 離宮で、その知らせを受け取ったミリエラは、静かに目を伏せた。

「……そう、ですか」

「あなたが背負う必要はありません」

 私は、はっきりと言った。

「これは、彼自身の問題です」

 彼女は、しばらく沈黙し――
 やがて、そっと息を吐いた。

「……分かっています」

 その声には、迷いはなかった。

    ◇

 その頃、王太子エドワルド殿下は、
 誰もいない執務室で、一人、立ち尽くしていた。

 権限は残っている。
 肩書きも、地位も。

 けれど。

 ――“選ばれない”という現実だけが、
 重く、確かに残っている。

「……納得できない」

 それでも、そう呟くしかなかった。

 彼はまだ、
 “自分が間違った”のではなく、
 “理解されなかった”と思っている。

 そして私は知っている。

 その考えこそが――
 最後まで彼を縛り続ける、最大の罰になることを。
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