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第22話 役目を脱いだあとに残ったもの
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第22話 役目を脱いだあとに残ったもの
春の雨が上がり、王都の空は澄み切っていた。
石畳に残る水たまりが、空を映している。
踏み込めば、形は崩れる。
けれど、映っていた空まで壊れるわけではない。
◇
学院の書庫で、私は一冊の帳面を閉じた。
――聖女補佐官としての日々をまとめた、最後の覚え書き。
制度の問題点。
人が壊れる兆候。
「正しさ」が暴力に変わる瞬間。
「……ようやく、終わった」
達成感というより、
長い息を吐ききったあとの静けさだった。
これ以上、私が書き足すことはない。
あとは、読む人が考えればいい。
◇
離宮では、ミリエラが侍女と一緒に庭の手入れをしていた。
聖女の仕事ではない。
誰に頼まれたわけでもない。
「……土に触ると、落ち着きますね」
「ええ。
育つのは花だけじゃありませんから」
侍女の言葉に、ミリエラは微笑んだ。
彼女の中で、
“聖女である自分”と“ただの自分”の境目は、
もう曖昧になっている。
それは、悪いことではなかった。
◇
王宮の訓練場。
エドワルド殿下は、一人で剣を振っていた。
型は、乱れている。
だが、以前のような苛立ちはない。
「……誰かに勝つためじゃない、か」
剣を納め、息を整える。
王太子としての役目。
期待された未来。
それらを失ったわけではない。
ただ――
それだけが自分ではないと、
少しずつ理解し始めている。
◇
午後、私は旧知の研究官と茶を飲んでいた。
「後悔は?」
率直な問い。
私は、少し考えてから答える。
「あります」
「それでも?」
「それでも、
あの場に立ったことは、間違っていませんでした」
彼は、静かに頷いた。
正解ではなく、
“選んだ結果”を引き受ける。
それが、大人になるということだ。
◇
夕暮れ。
離宮の回廊で、ミリエラが立ち止まった。
「……私、
誰かに必要とされなくなるの、
怖くなくなりました」
「それは、強さですね」
「いいえ」
彼女は首を振る。
「必要とされなくなっても、
自分は消えないって、分かっただけです」
その言葉に、私は何も返さなかった。
返す必要がなかった。
◇
夜。
王都の灯りが、一つずつともる。
私は窓辺で、遠くの離宮を眺めていた。
もう、そこに戻ることはない。
戻らなくていい。
役目を脱いだあとに残ったのは、
空白ではなかった。
――選び直せる時間。
立ち止まれる余白。
そして、
もう一度歩き出すための、静かな準備。
ざまぁは、完全に終わった。
この物語が語ろうとしているのは、
勝った人間の栄光ではない。
役目を終えたあとも、
人は人として、生きていける。
その、当たり前で、
忘れられがちな事実だった。
春の雨が上がり、王都の空は澄み切っていた。
石畳に残る水たまりが、空を映している。
踏み込めば、形は崩れる。
けれど、映っていた空まで壊れるわけではない。
◇
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――聖女補佐官としての日々をまとめた、最後の覚え書き。
制度の問題点。
人が壊れる兆候。
「正しさ」が暴力に変わる瞬間。
「……ようやく、終わった」
達成感というより、
長い息を吐ききったあとの静けさだった。
これ以上、私が書き足すことはない。
あとは、読む人が考えればいい。
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誰に頼まれたわけでもない。
「……土に触ると、落ち着きますね」
「ええ。
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彼女の中で、
“聖女である自分”と“ただの自分”の境目は、
もう曖昧になっている。
それは、悪いことではなかった。
◇
王宮の訓練場。
エドワルド殿下は、一人で剣を振っていた。
型は、乱れている。
だが、以前のような苛立ちはない。
「……誰かに勝つためじゃない、か」
剣を納め、息を整える。
王太子としての役目。
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それらを失ったわけではない。
ただ――
それだけが自分ではないと、
少しずつ理解し始めている。
◇
午後、私は旧知の研究官と茶を飲んでいた。
「後悔は?」
率直な問い。
私は、少し考えてから答える。
「あります」
「それでも?」
「それでも、
あの場に立ったことは、間違っていませんでした」
彼は、静かに頷いた。
正解ではなく、
“選んだ結果”を引き受ける。
それが、大人になるということだ。
◇
夕暮れ。
離宮の回廊で、ミリエラが立ち止まった。
「……私、
誰かに必要とされなくなるの、
怖くなくなりました」
「それは、強さですね」
「いいえ」
彼女は首を振る。
「必要とされなくなっても、
自分は消えないって、分かっただけです」
その言葉に、私は何も返さなかった。
返す必要がなかった。
◇
夜。
王都の灯りが、一つずつともる。
私は窓辺で、遠くの離宮を眺めていた。
もう、そこに戻ることはない。
戻らなくていい。
役目を脱いだあとに残ったのは、
空白ではなかった。
――選び直せる時間。
立ち止まれる余白。
そして、
もう一度歩き出すための、静かな準備。
ざまぁは、完全に終わった。
この物語が語ろうとしているのは、
勝った人間の栄光ではない。
役目を終えたあとも、
人は人として、生きていける。
その、当たり前で、
忘れられがちな事実だった。
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