『婚約破棄されたので、元婚約者の「理想の聖女」を育ててみた結果』

鷹 綾

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第21話 選ばれなかった未来にも、道は続いています

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第21話 選ばれなかった未来にも、道は続いています

 春の雨が、王都の石畳を静かに濡らしていた。

 音は小さく、
 けれど確実に、世界を洗い流していく。

    ◇

 私は、学院の図書棟で古文書を整理していた。

 久しぶりに触れる、紙の重み。
 誰かに指示されることも、
 急かされることもない。

「……こういう時間、忘れていましたね」

 独り言が、静かな室内に溶ける。

 補佐官としての私は、
 常に“次の判断”を求められていた。

 けれど今は――
 考えるために、立ち止まれる。

    ◇

 離宮では、ミリエラが小さな集会を開いていた。

 特別な式でも、祈祷でもない。
 ただ、話を聞き合う場。

「最近、眠れるようになりました」 「理由は分からないけど、心が落ち着くんです」

 人々の言葉に、彼女は頷くだけ。

 導かない。
 結論を与えない。

 それでも、皆の表情は柔らかい。

 ――“救われた”と感じている。

    ◇

 王宮の一角。

 エドワルド殿下は、久しぶりに剣を握っていた。

 護身用の、基礎的な型。
 誰にも見せない、誰の評価もない時間。

「……私は、
 何者になりたかったんだ」

 剣を振り下ろし、息を整える。

 王太子として。
 正しい後継者として。

 ――それ以外の姿を、
 考えたことがなかった。

    ◇

 午後、私は学院の庭で、若い学生に呼び止められた。

「……あの」

「はい?」

「聖女補佐官だった方ですよね」

 その言葉に、少しだけ迷い――
 私は微笑んで答えた。

「ええ。
 “だった”人です」

 学生は、安心したように頷いた。

「よかった……
 今の聖女様、とても穏やかで……
 でも、その前にいた人がいたって、聞いたので」

「ええ。
 彼女が立てるようになるまで、
 隣にいただけです」

 それ以上の説明は、必要なかった。

    ◇

 夕方、王宮の回廊。

 エドワルド殿下は、鏡に映る自分を見つめていた。

 王太子の衣装。
 変わらない立場。

 それでも、
 以前のような焦りは、少しだけ薄れている。

「……選ばれなかった未来、か」

 それは、敗北ではない。

 ただ、
 別の道を歩く必要があるという現実だ。

    ◇

 夜。

 ミリエラは、日誌に短く書き記した。

『今日は、誰も泣かなかった』

 それだけで、十分だった。

    ◇

 同じ夜、私は文書を閉じ、灯りを消す。

 ざまぁは終わった。
 勝敗も、もう意味を持たない。

 残っているのは――
 それぞれが選び直した人生の、続きを歩くこと。

 選ばれなかった未来にも、
 道は続いている。

 ただし。

 そこを歩くかどうかを決めるのは、
 他でもない、自分自身だ。

 この物語は、
 静かに、次の章へ進んでいく。
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