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第25話 選ばれ続けない勇気
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第25話 選ばれ続けない勇気
夏の気配が、離宮の回廊にまで入り込んでいた。
窓から吹き込む風は温く、花の香りを含んでいる。
ミリエラは、応接間の椅子に腰掛けたまま、手元の書簡を静かに読み終えた。
祈祷の依頼。
癒やしの要請。
国境近くの村からの、不安の訴え。
どれも切実で、誠実な文面だった。
――だからこそ。
彼女は、すぐに返事を書かなかった。
「……全部を受けていた頃なら、
もう馬車を手配していましたね」
ぽつりと漏らすと、隣に控えていた侍女が驚いたように顔を上げる。
「では……行かれるのですか?」
「いいえ」
ミリエラは、静かに首を振った。
「今回は、行きません」
それは、迷いを断ち切った声だった。
かつての彼女なら、
“行かない理由”を探して苦しんだだろう。
誰かを失望させることを、何よりも恐れていた。
けれど今は違う。
彼女は、紙の端に丁寧に理由を書き添え始める。
――現地には対応可能な神官がいること。
――急を要する状況ではないこと。
――自分が赴く必然性がないこと。
言い訳ではない。
判断だ。
◇
午後、私は離宮を訪れていた。
ミリエラは、書簡を束ねながら私に言う。
「……断りました」
「どんな気分ですか?」
少し考え、彼女は正直に答えた。
「……軽いです。
でも、少しだけ怖い」
「それでいい」
私は頷いた。
「その二つが同時にある時、
判断はたいてい正しい」
彼女は、不思議そうに目を瞬かせる。
「どうしてですか?」
「本当に逃げている時は、
怖さよりも、罪悪感の方が強いからです」
ミリエラは、その言葉を胸の中で反芻し、
やがて小さく笑った。
◇
同じ頃、王宮ではエドワルド殿下が報告書に目を通していた。
「……聖女は、要請を断った、と」
以前なら、
彼はそれを“怠慢”や“職務放棄”と捉えただろう。
だが今は、違う。
「……選ばれ続けない、という選択か」
その判断が、
どれほど難しいかを、
彼自身がよく知っている。
期待される立場にいるほど、
断ることは許されないと思い込んでしまう。
だからこそ、
自分をすり減らしていく。
「……間違っていたのは、
彼女じゃない」
その言葉は、
もう誰かを責めるためのものではなかった。
◇
夕方、離宮の庭。
ミリエラは、花壇の縁に腰を下ろし、
土に触れていた。
「……前は、
選ばれなくなるのが怖かったんです」
彼女は、ぽつりと打ち明ける。
「聖女じゃなくなるんじゃないか、
必要とされなくなるんじゃないかって」
「今は?」
私の問いに、
彼女はゆっくり顔を上げた。
「今は……
選ばれ続ける方が、怖いです」
その声は、揺れていなかった。
「選ばれ続けると、
いつか“自分の意思”がなくなる気がして」
私は、静かに息を吐く。
「それに気づけたなら、
もう大丈夫です」
◇
夜。
ミリエラは日誌を開き、
短く書き記した。
『今日は、断った。
それでも、私はここにいる』
その一文は、
かつての彼女には書けなかった言葉だった。
◇
人は、選ばれることで安心する。
だが、選ばれ続けることで、
自分を見失う。
だからこそ必要なのは、
選ばれ続けない勇気だ。
この物語は、
もう誰かを引きずり下ろさない。
代わりに描かれるのは、
自分を守る判断を、
静かに肯定できるようになった人間の姿。
夏の気配が、離宮の回廊にまで入り込んでいた。
窓から吹き込む風は温く、花の香りを含んでいる。
ミリエラは、応接間の椅子に腰掛けたまま、手元の書簡を静かに読み終えた。
祈祷の依頼。
癒やしの要請。
国境近くの村からの、不安の訴え。
どれも切実で、誠実な文面だった。
――だからこそ。
彼女は、すぐに返事を書かなかった。
「……全部を受けていた頃なら、
もう馬車を手配していましたね」
ぽつりと漏らすと、隣に控えていた侍女が驚いたように顔を上げる。
「では……行かれるのですか?」
「いいえ」
ミリエラは、静かに首を振った。
「今回は、行きません」
それは、迷いを断ち切った声だった。
かつての彼女なら、
“行かない理由”を探して苦しんだだろう。
誰かを失望させることを、何よりも恐れていた。
けれど今は違う。
彼女は、紙の端に丁寧に理由を書き添え始める。
――現地には対応可能な神官がいること。
――急を要する状況ではないこと。
――自分が赴く必然性がないこと。
言い訳ではない。
判断だ。
◇
午後、私は離宮を訪れていた。
ミリエラは、書簡を束ねながら私に言う。
「……断りました」
「どんな気分ですか?」
少し考え、彼女は正直に答えた。
「……軽いです。
でも、少しだけ怖い」
「それでいい」
私は頷いた。
「その二つが同時にある時、
判断はたいてい正しい」
彼女は、不思議そうに目を瞬かせる。
「どうしてですか?」
「本当に逃げている時は、
怖さよりも、罪悪感の方が強いからです」
ミリエラは、その言葉を胸の中で反芻し、
やがて小さく笑った。
◇
同じ頃、王宮ではエドワルド殿下が報告書に目を通していた。
「……聖女は、要請を断った、と」
以前なら、
彼はそれを“怠慢”や“職務放棄”と捉えただろう。
だが今は、違う。
「……選ばれ続けない、という選択か」
その判断が、
どれほど難しいかを、
彼自身がよく知っている。
期待される立場にいるほど、
断ることは許されないと思い込んでしまう。
だからこそ、
自分をすり減らしていく。
「……間違っていたのは、
彼女じゃない」
その言葉は、
もう誰かを責めるためのものではなかった。
◇
夕方、離宮の庭。
ミリエラは、花壇の縁に腰を下ろし、
土に触れていた。
「……前は、
選ばれなくなるのが怖かったんです」
彼女は、ぽつりと打ち明ける。
「聖女じゃなくなるんじゃないか、
必要とされなくなるんじゃないかって」
「今は?」
私の問いに、
彼女はゆっくり顔を上げた。
「今は……
選ばれ続ける方が、怖いです」
その声は、揺れていなかった。
「選ばれ続けると、
いつか“自分の意思”がなくなる気がして」
私は、静かに息を吐く。
「それに気づけたなら、
もう大丈夫です」
◇
夜。
ミリエラは日誌を開き、
短く書き記した。
『今日は、断った。
それでも、私はここにいる』
その一文は、
かつての彼女には書けなかった言葉だった。
◇
人は、選ばれることで安心する。
だが、選ばれ続けることで、
自分を見失う。
だからこそ必要なのは、
選ばれ続けない勇気だ。
この物語は、
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代わりに描かれるのは、
自分を守る判断を、
静かに肯定できるようになった人間の姿。
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