『婚約破棄されたので、元婚約者の「理想の聖女」を育ててみた結果』

鷹 綾

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第26話 それでも手は、差し伸べてしまう

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第26話 それでも手は、差し伸べてしまう

 夏の陽射しが、離宮の白い壁を照らしていた。
 眩しいほどの光の中で、ミリエラは中庭の噴水をぼんやりと眺めている。

 水音は一定で、心を乱さない。
 ――けれど、その日は少しだけ違っていた。

「……ミリエラ様」

 控えめな声で呼ばれ、彼女は振り返る。
 そこに立っていたのは、若い神官だった。顔色は悪く、緊張で肩がこわばっている。

「どうしましたか?」

「北部の村から、追加の報告が……」

 差し出された書簡を受け取った瞬間、ミリエラは内容を察した。
 祈祷を断った村だ。
 被害は深刻ではないが、不安が広がっている、と。

「……神官たちでは、対応できているのですね」

「はい。ただ……住民が、“聖女ご本人の言葉”を求めているようで……」

 沈黙が落ちる。

 彼女は、ゆっくりと書簡を机に置いた。
 断ると決めた案件。
 距離を守ると決めた判断。

 ――それでも。

「……少しだけ、時間をください」

 神官は深く頭を下げ、去っていった。

    ◇

 私は、その様子を回廊の影から見ていた。

「……迷っていますね」

「はい」

 ミリエラは、正直に頷く。

「行かないと決めました。
 でも……何もしないのは、違う気がして」

 かつてなら、
 その迷いは“行くべきだ”という結論に直結していただろう。

 だが今は違う。

「何をしたいのか、
 整理してみましょう」

 私は、静かに促した。

「行って、奇跡を起こしたいですか?」

 彼女は、即座に首を振る。

「違います」

「では、
 “安心してもらいたい”ですか?」

 少し考え、彼女は小さく頷いた。

「……はい」

    ◇

 その夜。

 ミリエラは、灯りの下で一通の手紙を書いていた。
 祈祷の宣言でも、慰めの定型文でもない。

『不安であることは、間違いではありません』
『今、村で起きていることは、あなた方だけの問題ではありません』
『神官たちは、決して一人ではありません』

 それは、
 聖女としての言葉ではなく、
 同じ人間としての言葉だった。

    ◇

 数日後。

 返事が届く。

 簡潔な報告。
 大きな変化はないが、住民の動揺は落ち着きつつある、と。

「……よかった」

 ミリエラは、胸をなで下ろした。

「行かなかったことを、
 後悔していますか?」

 私の問いに、彼女は首を振る。

「いいえ。
 でも……放っておけなかった」

 それでいい、と私は思った。

    ◇

 王宮では、エドワルド殿下がその報告を読んでいた。

「……行かずに、言葉だけを送った、か」

 かつての自分なら、
 それを“中途半端”と切り捨てただろう。

 だが今は、違う。

「……それが、距離というものか」

 全てを背負わず、
 全てを拒まず。

 その中間に立つという選択。

    ◇

 夕暮れ、離宮の庭。

 ミリエラは、空を赤く染める夕陽を見上げていた。

「……私、
 まだ手を伸ばしてしまいます」

「それは、あなたが冷たい人ではない証拠です」

 私は、そう答える。

「ただし」

 彼女は、私を見る。

「引き寄せすぎないこと。
 抱え込まないこと」

 彼女は、静かに頷いた。

    ◇

 人は、距離を学んでも、
 完全に割り切れるわけではない。

 それでも、
 近づき方を選べるようになる。

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