婚約破棄された有能令嬢ですが、もう誰の役にも立ちません 〜静かな引退と、無口公爵の見守り溺愛〜にも立ちません

鷹 綾

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第24話 沈黙が告げる転換点

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第24話 沈黙が告げる転換点

 王都からの報告が、また一つ減った。

 正確には、量が減ったのではない。
 「要請」という言葉が、消えたのだ。

 アデリーナ・フォン・グラーフは、朝の報告書を読み終え、ゆっくりと紙を重ねた。
 そこには、事実と結果、次の見通しだけが淡々と記されている。

「……沈黙ですね」

 側近の一人が、慎重に言葉を選ぶ。

「はい」

 アデリーナは、頷いた。

「求める声がない、という沈黙です」

 これまで王都は、何かにつけて声を上げてきた。
 判断を仰ぎ、許可を求め、責任の所在を確認する。

 だが今、その声がない。

 それは混乱ではない。
 むしろ、整ってきた証だった。

 午前中、現場を巡回していると、管理官たちの会話が自然と耳に入ってきた。

「次の補給は、予定通りで問題ないな」

「ええ。基準値は満たしています」

「念のため、北側の数を一度だけ確認しよう」

 誰も、上を見上げていない。
 誰かの判断を待ってもいない。

 ただ、必要な確認を、必要な順序で行っているだけだ。

 アデリーナは、その様子を見て、静かに息を吐いた。

「……もう、大丈夫ですね」

 独り言のようなその言葉に、隣を歩いていた側近が、わずかに目を見開く。

「完全に、ですか」

「完全ではありません」

 即座に否定する。

「ただ、誰かがいなくなっても、崩れない段階には入りました」

 それが、転換点だった。

 人が組織を支える段階から、
 組織が人を支える段階へ。

 午後、王宮から一通の私信が届いた。

 差出人は、ローデリヒ王太子ではない。
 彼の側近の名だった。

 内容は、短い。

 視察後の混乱はなく、
 王太子は現在、内部調整に専念している。

 それだけだ。

「……表に出てきませんね」

 側近が言う。

「ええ」

 アデリーナは、静かに答える。

「出てこない、という選択をしたのでしょう」

 それは、逃避にも見える。
 だが、同時に、現実を受け止め始めた兆候でもあった。

 必要とされない場所に、無理に立ち続けることは、
 自分を壊す。

 彼がそれを理解し始めたのなら、
 それだけで、一つの転換だ。

 夕刻、バルトロメウス・フォン・クレイン公爵が、珍しく足を止めて言った。

「王太子は、しばらく動かないだろう」

「そうですね」

「沈黙は、敗北ではない」

 公爵の言葉は、断定ではなく、観測だった。

「再定義の時間だ」

 アデリーナは、その言葉を胸の中で反芻する。

 再定義。

 自分は何者で、
 何を担い、
 何を手放すのか。

 それは、誰にとっても避けられない問いだ。

 夜。

 部屋に戻ったアデリーナは、机に向かい、今日一日の出来事を思い返していた。

 誰も助けを求めてこなかった。
 誰も、判断を仰いでこなかった。

 それは、かつての彼女にとっては、耐え難い空白だっただろう。

 だが今は、違う。

「……静かですね」

 呟いた声は、穏やかだった。

 沈黙は、拒絶ではない。
 自立の兆しだ。

 誰かが前に立たなくても、
 声を上げなくても、
 物事は進む。

 それを、彼女自身が、ようやく受け入れられるようになった。

 窓の外では、夜風が木々を揺らしている。
 音はあるが、騒がしくはない。

 沈黙が告げる転換点。

 それは、終わりではなく、
 次の段階への入口だった。

 アデリーナは、静かに灯りを落とした。

 もう、叫ぶ必要はない。
 世界は、ちゃんと前に進んでいるのだから。
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