『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾

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15話 数えない生活

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15話 数えない生活

 朝、目を覚ましたとき、ファーファは一瞬だけ考えた。
 今日は、何日目だろうか。

 すぐに、その考えを手放す。
 数える必要がない。

 扉を開けると、箱が置かれている。
 それで十分だった。

 箱を中に運び、蓋を開ける。
 保存食、乾燥野菜、油、布。内容は前回と大きく変わらない。違いがあるとすれば、量がほんのわずかに調整されていることくらいだ。

 多すぎない。
 少なすぎない。

 数えなくても分かる、という状態。

 ファーファは必要な分だけ取り出し、棚に置いた。残りはそのまま。積み上げることも、整理し直すこともない。

 王都にいた頃、数えることは義務だった。
 時間。
 成果。
 評価。
 期待。

 数えなければ、怠けていると見なされた。

 ここでは、数えないことが前提だ。

 湯を沸かし、紅茶を淹れる。
 椅子に腰掛け、湯気を眺める。

 ――数えないと、不安になる人は多い。

 だが、不安は「足りないかもしれない」という想像から生まれる。足りないかどうかを、今すぐ確認する必要がないなら、不安は立ち上がらない。

 午前中、本を読む。
 何頁読んだかは覚えていない。覚える理由もない。

 昼、食事を取る。
 量は、いつも通り。満腹でも、物足りなくもない。

 午後、外に出て、家の周囲を一回りする。
 変わっていないことを、目でなぞる。

 変わっていないという事実は、数値にしなくても分かる。

 王都では今頃、帳簿がめくられ、報告が集められ、比較が行われているだろう。
 前月比。
 前年差。
 達成率。

 ここには、それがない。

 夕方、箱の置かれていた場所を一度だけ見る。
 もう、そこには何もない。

 次に置かれるまで、考える必要はない。

 夜、灯りを落とし、寝台に横になる。

 今日も、生活は回った。
 何も数えずに。

 ファーファ・ノクティスは、
 数えない生活の中で、
 自分が満ちているかどうかを、判断しなかった。

 判断しなくても、
 静かさは、そこにあった。
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