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第4話 何もしないと、勝手に動く人たち
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第4話 何もしないと、勝手に動く人たち
朝の光が差し込むテラスで、私は焼きたてのスコーンを口に運んでいた。
表面はさくりと軽く、中はしっとり。バターの香りが広がって、思わず目を細める。
「……平和ね」
婚約破棄から数日。
驚くほど、私の日常は変わっていなかった。
――正確に言えば、私の周囲だけが慌ただしくなっている。
「お嬢様」
控えめな声とともに、執事長のローレンスが近づいてくる。
その手には、分厚い書類の束。
「商会から、確認の要請が届いております」
「確認?」
「はい。“アーデルハイド家として、どの方針をお考えなのか”と」
私はスコーンをもう一つ取り、首をかしげた。
「方針? 特にありませんけど」
ローレンスは一瞬、言葉を失った。
「……いえ、その“特にない”という点を、どう伝えるべきかと……」
「そのままでいいのでは?」
「しかし、それでは――」
「ローレンス」
私は紅茶をひと口飲み、穏やかに微笑む。
「決めていないことを、決めたふりをするほうが問題です」
執事長は沈黙し、やがて深く頭を下げた。
「……承知いたしました」
彼が去ったあと、今度は侍女のマーガレットがやってくる。
「お嬢様、王宮からのお手紙です」
「……まだ?」
正直、少ししつこい。
封を切らずに机に置くと、マーガレットが不安そうに尋ねた。
「お読みにならなくて、よろしいのですか?」
「ええ。急ぎではないでしょう?」
「……それは、はい」
私はソファにもたれ、外を眺める。
王宮。
社交界。
商会。
皆が、私の反応待ちをしている。
(前世の会社と同じだわ)
上が何も言わないと、下が勝手にざわつき始める。
会議が増え、資料が増え、誰も決断しないまま時間だけが過ぎる。
――違うのは。
(私は、決断しないことを決断している)
その日の午後、庭園で本を読んでいると、父が珍しく足早にやってきた。
「レイラ、少しいいか」
「どうぞ」
「……商会と貴族たちが、勝手に動き始めている」
私はページを閉じた。
「どんなふうに?」
「お前が何も言わないことで、“裏で何か企んでいるのでは”と」
「……なるほど」
父は苦笑する。
「『沈黙は最大の圧力』だそうだ」
「買いかぶりすぎです」
私は即答した。
「私はただ、何もしたくないだけです」
「だが、周囲はそうは取らない」
それは分かっている。
けれど――
「お父様」
私は立ち上がり、静かに告げた。
「私が何もしなくても、家は回っています。
領地も、商いも、人も」
「……ああ」
「なら、それで十分ではありませんか?」
父はしばらく黙り込み、やがて小さく笑った。
「まったく……お前は本当に変わったな」
「前世の反省です」
そう言うと、父はそれ以上何も言わなかった。
その夜。
王宮では、私の名前が再び議題に上がっていた。
「彼女は沈黙を貫いている……」 「これは、王家への不満の表れでは?」 「いや、もっと大きな一手が――」
誰も、私がその時間――
ただ、ベッドでゆっくり眠っているとは思いもしない。
「はぁ……よく寝た」
翌朝、私はすっきりと目覚め、そう呟いた。
何もしない。
関わらない。
疲れない。
それだけなのに――
(どうして、勝手に“圧”になってるのかしら)
私は不思議に思いながら、今日のお茶菓子を選ぶのだった。
朝の光が差し込むテラスで、私は焼きたてのスコーンを口に運んでいた。
表面はさくりと軽く、中はしっとり。バターの香りが広がって、思わず目を細める。
「……平和ね」
婚約破棄から数日。
驚くほど、私の日常は変わっていなかった。
――正確に言えば、私の周囲だけが慌ただしくなっている。
「お嬢様」
控えめな声とともに、執事長のローレンスが近づいてくる。
その手には、分厚い書類の束。
「商会から、確認の要請が届いております」
「確認?」
「はい。“アーデルハイド家として、どの方針をお考えなのか”と」
私はスコーンをもう一つ取り、首をかしげた。
「方針? 特にありませんけど」
ローレンスは一瞬、言葉を失った。
「……いえ、その“特にない”という点を、どう伝えるべきかと……」
「そのままでいいのでは?」
「しかし、それでは――」
「ローレンス」
私は紅茶をひと口飲み、穏やかに微笑む。
「決めていないことを、決めたふりをするほうが問題です」
執事長は沈黙し、やがて深く頭を下げた。
「……承知いたしました」
彼が去ったあと、今度は侍女のマーガレットがやってくる。
「お嬢様、王宮からのお手紙です」
「……まだ?」
正直、少ししつこい。
封を切らずに机に置くと、マーガレットが不安そうに尋ねた。
「お読みにならなくて、よろしいのですか?」
「ええ。急ぎではないでしょう?」
「……それは、はい」
私はソファにもたれ、外を眺める。
王宮。
社交界。
商会。
皆が、私の反応待ちをしている。
(前世の会社と同じだわ)
上が何も言わないと、下が勝手にざわつき始める。
会議が増え、資料が増え、誰も決断しないまま時間だけが過ぎる。
――違うのは。
(私は、決断しないことを決断している)
その日の午後、庭園で本を読んでいると、父が珍しく足早にやってきた。
「レイラ、少しいいか」
「どうぞ」
「……商会と貴族たちが、勝手に動き始めている」
私はページを閉じた。
「どんなふうに?」
「お前が何も言わないことで、“裏で何か企んでいるのでは”と」
「……なるほど」
父は苦笑する。
「『沈黙は最大の圧力』だそうだ」
「買いかぶりすぎです」
私は即答した。
「私はただ、何もしたくないだけです」
「だが、周囲はそうは取らない」
それは分かっている。
けれど――
「お父様」
私は立ち上がり、静かに告げた。
「私が何もしなくても、家は回っています。
領地も、商いも、人も」
「……ああ」
「なら、それで十分ではありませんか?」
父はしばらく黙り込み、やがて小さく笑った。
「まったく……お前は本当に変わったな」
「前世の反省です」
そう言うと、父はそれ以上何も言わなかった。
その夜。
王宮では、私の名前が再び議題に上がっていた。
「彼女は沈黙を貫いている……」 「これは、王家への不満の表れでは?」 「いや、もっと大きな一手が――」
誰も、私がその時間――
ただ、ベッドでゆっくり眠っているとは思いもしない。
「はぁ……よく寝た」
翌朝、私はすっきりと目覚め、そう呟いた。
何もしない。
関わらない。
疲れない。
それだけなのに――
(どうして、勝手に“圧”になってるのかしら)
私は不思議に思いながら、今日のお茶菓子を選ぶのだった。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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