15 / 40
第15話 静かにしていると、勝手に噂が育つ
しおりを挟む
第15話 静かにしていると、勝手に噂が育つ
静寂というものは、放っておくと勝手に別の形へ変質する。
それを、私はこの日、はっきりと思い知った。
「お嬢様……」
朝の紅茶を運んできたマーガレットが、どこか言いにくそうな顔をしている。
「なに?」
「少々、その……外の空気が、ざわついております」
嫌な言い回しだ。
「“ざわつく”って、具体的に何?」
マーガレットは、一拍置いてから答えた。
「お嬢様が“王宮から距離を置いた理由”について、憶測が広がっております」
私は、紅茶を飲む手を止めた。
「……距離を置いた覚えはないのだけど」
「王宮側の要請に明確な線引きをなさったことで、“意図的に退いた”と受け取られているようです」
ああ。
なるほど。
つまり――
「何もしない=裏がある、になってるのね」
「はい」
世の中、本当にめんどくさい。
午前中、執事のロバートも同じ報告を持ってきた。
「“アーデルハイド令嬢は、王宮の内情を見抜いたから距離を取った”という噂が出ております」
「見抜いてないわ」
「“改革派と保守派の争いに巻き込まれないためだ”とも」
「争ってることすら知らないわ」
「中には、“次の動きを待っている”という声も」
私は机に額をつけた。
「待ってない……何も……」
噂というものは、本人の意志とは無関係に膨らむ。
そして厄介なことに、
“何も語らない”態度は、
最も好き勝手に解釈される。
「お嬢様」
マーガレットが、慎重に言う。
「このまま放置すると、“沈黙の策略家”として定着する恐れがあります」
「それ、完全に悪役令嬢の肩書きじゃない」
「はい」
即答はやめてほしい。
昼。
父と軽く昼食を取りながら、私は愚痴をこぼした。
「何もしてないのに、勝手に評価されて、勝手に深読みされて、勝手に噂されてる」
「それが“何もしない者の怖さ”だ」
父は、妙に真剣な顔で言った。
「……怖さ?」
「動かない者は、止められない。だから人は意味を探す」
私は、ため息をつく。
「探さなくていいのに」
「世の中はそうはいかん」
午後。
私は、久しぶりに“対策”を考えた。
とはいえ、やることは一つしかない。
「……噂を上書きするしかないわね」
マーガレットが頷く。
「はい。“分かりやすい理由”を示すのが一番です」
「でも、演説とか説明とかは嫌」
「存じております」
私は、少し考えてから言った。
「じゃあ、こうしましょう」
「はい」
「“噂を否定する行動”を、ひとつだけする」
夕方。
私は、屋敷の庭園で開かれる小さなお茶会を企画した。
招いたのは、
王宮関係者でも、政治家でもない。
・近隣領の若い令嬢
・ぶどう園の家族
・仕立て屋ファビアン
・香辛料商人リヴィエール
目的は一つ。
完全に私的で、政治と無関係な集まり。
「……これは」
マーガレットが、少し驚いた顔をする。
「はい。“私は何も考えてません”アピールよ」
庭園では、
紅茶と焼き菓子、
ぶどうジュースが並び、
笑い声が響いた。
「お嬢様、最近お忙しそうだって聞きました!」
「噂だけよ。今日は完全に休み」
「新しい計画とか?」
「ないわ。今日は何も決めない日」
私は、はっきり言った。
その様子を、
偶然を装って見に来た数人の王宮関係者が、
遠巻きに眺めていた。
夜。
ロバートが報告に来る。
「噂が変わりました」
「どう?」
「“アーデルハイド令嬢は、政治より私生活を優先する変わり者”だそうです」
私は、深く頷いた。
「よし」
「よろしいのですか?」
「最高よ」
変わり者。
無欲。
面倒を嫌う。
それでいい。
誤解されるより、
軽く見られるほうが、
ずっと楽だ。
私は日記に書いた。
『静かにしていると噂が育つ。だから時々、無意味に騒ぐ』
それが、
働かないための処世術・第二段階。
誰にも期待されず、
誰にも恐れられず、
それでも自由でいる。
そのためなら――
お茶会くらい、いくらでも開こう。
私は紅茶を飲み干し、
静かに微笑んだ。
「……本当に、休むって大変ね」
静寂というものは、放っておくと勝手に別の形へ変質する。
それを、私はこの日、はっきりと思い知った。
「お嬢様……」
朝の紅茶を運んできたマーガレットが、どこか言いにくそうな顔をしている。
「なに?」
「少々、その……外の空気が、ざわついております」
嫌な言い回しだ。
「“ざわつく”って、具体的に何?」
マーガレットは、一拍置いてから答えた。
「お嬢様が“王宮から距離を置いた理由”について、憶測が広がっております」
私は、紅茶を飲む手を止めた。
「……距離を置いた覚えはないのだけど」
「王宮側の要請に明確な線引きをなさったことで、“意図的に退いた”と受け取られているようです」
ああ。
なるほど。
つまり――
「何もしない=裏がある、になってるのね」
「はい」
世の中、本当にめんどくさい。
午前中、執事のロバートも同じ報告を持ってきた。
「“アーデルハイド令嬢は、王宮の内情を見抜いたから距離を取った”という噂が出ております」
「見抜いてないわ」
「“改革派と保守派の争いに巻き込まれないためだ”とも」
「争ってることすら知らないわ」
「中には、“次の動きを待っている”という声も」
私は机に額をつけた。
「待ってない……何も……」
噂というものは、本人の意志とは無関係に膨らむ。
そして厄介なことに、
“何も語らない”態度は、
最も好き勝手に解釈される。
「お嬢様」
マーガレットが、慎重に言う。
「このまま放置すると、“沈黙の策略家”として定着する恐れがあります」
「それ、完全に悪役令嬢の肩書きじゃない」
「はい」
即答はやめてほしい。
昼。
父と軽く昼食を取りながら、私は愚痴をこぼした。
「何もしてないのに、勝手に評価されて、勝手に深読みされて、勝手に噂されてる」
「それが“何もしない者の怖さ”だ」
父は、妙に真剣な顔で言った。
「……怖さ?」
「動かない者は、止められない。だから人は意味を探す」
私は、ため息をつく。
「探さなくていいのに」
「世の中はそうはいかん」
午後。
私は、久しぶりに“対策”を考えた。
とはいえ、やることは一つしかない。
「……噂を上書きするしかないわね」
マーガレットが頷く。
「はい。“分かりやすい理由”を示すのが一番です」
「でも、演説とか説明とかは嫌」
「存じております」
私は、少し考えてから言った。
「じゃあ、こうしましょう」
「はい」
「“噂を否定する行動”を、ひとつだけする」
夕方。
私は、屋敷の庭園で開かれる小さなお茶会を企画した。
招いたのは、
王宮関係者でも、政治家でもない。
・近隣領の若い令嬢
・ぶどう園の家族
・仕立て屋ファビアン
・香辛料商人リヴィエール
目的は一つ。
完全に私的で、政治と無関係な集まり。
「……これは」
マーガレットが、少し驚いた顔をする。
「はい。“私は何も考えてません”アピールよ」
庭園では、
紅茶と焼き菓子、
ぶどうジュースが並び、
笑い声が響いた。
「お嬢様、最近お忙しそうだって聞きました!」
「噂だけよ。今日は完全に休み」
「新しい計画とか?」
「ないわ。今日は何も決めない日」
私は、はっきり言った。
その様子を、
偶然を装って見に来た数人の王宮関係者が、
遠巻きに眺めていた。
夜。
ロバートが報告に来る。
「噂が変わりました」
「どう?」
「“アーデルハイド令嬢は、政治より私生活を優先する変わり者”だそうです」
私は、深く頷いた。
「よし」
「よろしいのですか?」
「最高よ」
変わり者。
無欲。
面倒を嫌う。
それでいい。
誤解されるより、
軽く見られるほうが、
ずっと楽だ。
私は日記に書いた。
『静かにしていると噂が育つ。だから時々、無意味に騒ぐ』
それが、
働かないための処世術・第二段階。
誰にも期待されず、
誰にも恐れられず、
それでも自由でいる。
そのためなら――
お茶会くらい、いくらでも開こう。
私は紅茶を飲み干し、
静かに微笑んだ。
「……本当に、休むって大変ね」
12
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』
ふわふわ
恋愛
「君は優秀だが、王妃としては冷たい。正直に言えば――飾りとしては十分だった」
そう言って婚約者である王太子に公然と切り捨てられた、公爵令嬢アデルフィーナ。
さらに王太子は宣言する。
「王家は外部信用に頼らない」「王家が条文だ」と。
履行履歴も整えず、契約も軽視し、
新たな婚約者と共に“強い王家”を演出する王太子。
――ですが。
契約は宣言では動きません。
信用は履歴の上にしか立ちません。
王命が止まり、出荷が止まり、資材が止まり、
やがて止まったのは王太子の未来でした。
自ら押した承認印が、
自らの継承権を奪うことになるとも知らずに。
公然侮辱から始まる、徹底的な強ザマァ。
救済なし。
やり直しなし。
契約通りに処理しただけですのに――
なぜか王太子が廃嫡されました。
捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来
鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」
婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。
王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。
アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。
だが、彼女は決して屈しない。
「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」
そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。
――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。
彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。
いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。
ただし、後のことはどうなっても知りませんよ?
* 他サイトでも投稿
* ショートショートです。あっさり終わります
白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です
鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。
侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。
形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。
やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。
私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?
みこと。
恋愛
鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。
「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。
(あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)
現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。
そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。
なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?
この出会いが、クローディアに新しい道を拓く!
※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる