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第16話 期待されると、働いたことになるらしい
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第16話 期待されると、働いたことになるらしい
人はどうして、
「余裕」=「余力」=「使っていい」
と変換するのだろう。
その謎に、私は今日、真正面から殴られた。
「お嬢様」
朝の執務室。
机には何も置いていない。
書類もない。
予定もない。
完璧な“何もしない朝”。
――のはずだった。
「はい?」
「王宮より、非公式の打診が届いております」
ロバートの声が、妙に慎重だ。
「……非公式、って嫌な言葉ね」
「内容が、さらに嫌な方向でして」
嫌な予感しかしない。
「“アーデルハイド令嬢なら、無理をせずとも助言程度は可能ではないか”とのことです」
私は、目を閉じた。
「助言……?」
「はい。“中心には立たず、意見だけ出してほしい”と」
――来た。
最も断りづらく、最も働かされるやつ。
「それ、完全に仕事よね」
「ええ。ですが先方は、“ご負担にはならない範囲で”と」
「負担の定義が壊れてる」
私は、椅子の背にもたれた。
「ちなみに、テーマは?」
「貴族領における産業振興の方向性について、だそうです」
……ああ。
ワインのせいだ。
晩餐会での成功。
展示コーナー。
国王の賛辞。
その結果――
「“何もしないのに結果を出す人”扱いされてる」
「その通りです」
ロバートは、淡々と頷いた。
午後。
父が様子を見に来た。
「例の打診の件だが……どうする?」
「断る」
即答した。
父は苦笑する。
「だろうな」
「だって、それを受けた瞬間、“働ける人”として認定されるもの」
「鋭いな」
「私は今、“何もしない人”という立場を必死で維持してるのよ」
父は少し考え、言った。
「完全拒否は、角が立つ」
「分かってる」
だから――
「“条件付き拒否”にするわ」
夕方。
私は、ロバートを通じて返答を出した。
内容はこうだ。
――
アーデルハイド公爵令嬢レイラは、
王宮の政策立案・助言には関与しない。
ただし、
「既に完成している案」に対して、
一度だけ、
感想を述べることは可能である。
――
マーガレットが目を丸くする。
「それ、助言じゃなくて感想ですね?」
「そうよ」
「しかも一度だけ……」
「二度はない」
数日後。
“完成した案”とやらが届いた。
分厚い。
嫌な予感しかしない。
「……読むだけで仕事じゃない?」
「はい」
「でも感想だけよね?」
「はい」
私は、渋々目を通した。
結論。
「……突っ込みどころ、多すぎる」
でも、言わない。
代わりに、
私は一文だけ書いた。
『大変よく練られていると思います。
ただし、現場の負担については、
現場の方に直接確認なさると、
より安心かと存じます』
以上。
翌日。
王宮側が、ざわついた。
「……それだけ?」
「はい」
「追加の意見は?」
「ございません」
困惑する使者。
「ですが……」
「感想は述べました」
数日後。
噂が、また変わった。
「お嬢様」
マーガレットが報告する。
「今度はどんなの?」
「“アーデルハイド令嬢は、余計な口出しをしない誠実な人物”だそうです」
私は、机に突っ伏した。
「誠実じゃない……」
「“だからこそ怖い”とも」
「やめて」
私は理解した。
期待されること自体が、労働の入口なのだと。
だから私は、
これからもこうする。
・全部は引き受けない
・意見は最小限
・決断は他人に任せる
それで勝手に評価が上がるなら、
もう知らない。
日記に書いた。
『期待されると、働いたことになる。だから私は、期待の解像度を下げる』
今日も私は、
何もしていない。
……していないはずだ。
たぶん。
人はどうして、
「余裕」=「余力」=「使っていい」
と変換するのだろう。
その謎に、私は今日、真正面から殴られた。
「お嬢様」
朝の執務室。
机には何も置いていない。
書類もない。
予定もない。
完璧な“何もしない朝”。
――のはずだった。
「はい?」
「王宮より、非公式の打診が届いております」
ロバートの声が、妙に慎重だ。
「……非公式、って嫌な言葉ね」
「内容が、さらに嫌な方向でして」
嫌な予感しかしない。
「“アーデルハイド令嬢なら、無理をせずとも助言程度は可能ではないか”とのことです」
私は、目を閉じた。
「助言……?」
「はい。“中心には立たず、意見だけ出してほしい”と」
――来た。
最も断りづらく、最も働かされるやつ。
「それ、完全に仕事よね」
「ええ。ですが先方は、“ご負担にはならない範囲で”と」
「負担の定義が壊れてる」
私は、椅子の背にもたれた。
「ちなみに、テーマは?」
「貴族領における産業振興の方向性について、だそうです」
……ああ。
ワインのせいだ。
晩餐会での成功。
展示コーナー。
国王の賛辞。
その結果――
「“何もしないのに結果を出す人”扱いされてる」
「その通りです」
ロバートは、淡々と頷いた。
午後。
父が様子を見に来た。
「例の打診の件だが……どうする?」
「断る」
即答した。
父は苦笑する。
「だろうな」
「だって、それを受けた瞬間、“働ける人”として認定されるもの」
「鋭いな」
「私は今、“何もしない人”という立場を必死で維持してるのよ」
父は少し考え、言った。
「完全拒否は、角が立つ」
「分かってる」
だから――
「“条件付き拒否”にするわ」
夕方。
私は、ロバートを通じて返答を出した。
内容はこうだ。
――
アーデルハイド公爵令嬢レイラは、
王宮の政策立案・助言には関与しない。
ただし、
「既に完成している案」に対して、
一度だけ、
感想を述べることは可能である。
――
マーガレットが目を丸くする。
「それ、助言じゃなくて感想ですね?」
「そうよ」
「しかも一度だけ……」
「二度はない」
数日後。
“完成した案”とやらが届いた。
分厚い。
嫌な予感しかしない。
「……読むだけで仕事じゃない?」
「はい」
「でも感想だけよね?」
「はい」
私は、渋々目を通した。
結論。
「……突っ込みどころ、多すぎる」
でも、言わない。
代わりに、
私は一文だけ書いた。
『大変よく練られていると思います。
ただし、現場の負担については、
現場の方に直接確認なさると、
より安心かと存じます』
以上。
翌日。
王宮側が、ざわついた。
「……それだけ?」
「はい」
「追加の意見は?」
「ございません」
困惑する使者。
「ですが……」
「感想は述べました」
数日後。
噂が、また変わった。
「お嬢様」
マーガレットが報告する。
「今度はどんなの?」
「“アーデルハイド令嬢は、余計な口出しをしない誠実な人物”だそうです」
私は、机に突っ伏した。
「誠実じゃない……」
「“だからこそ怖い”とも」
「やめて」
私は理解した。
期待されること自体が、労働の入口なのだと。
だから私は、
これからもこうする。
・全部は引き受けない
・意見は最小限
・決断は他人に任せる
それで勝手に評価が上がるなら、
もう知らない。
日記に書いた。
『期待されると、働いたことになる。だから私は、期待の解像度を下げる』
今日も私は、
何もしていない。
……していないはずだ。
たぶん。
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