働かない令嬢は、すでに幸せです  ――婚約破棄? それより紅茶の時間をください

鷹 綾

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第17話 断ったのに、信頼だけが積み上がる

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第17話 断ったのに、信頼だけが積み上がる

 私は最近、ひとつの深刻な事実に気づいてしまった。

 ――断ると、評価が上がる。

 おかしい。

 本来、評価というものは、
 働いた者に与えられるはずでは?

 なのに。

「お嬢様」

 マーガレットが、妙に改まった声で言った。

「王宮内で、ちょっとした噂が立っております」

「嫌な方向?」

「ええ、とても」

 私は紅茶を口に運ぶ手を止めた。

「聞きたくないけど、聞くわ」

「“アーデルハイド令嬢は、安請け合いをしないからこそ信頼できる”だそうです」

 ……。

「断っただけよ?」

「はい」

「何もしてないわよ?」

「その“何もしない姿勢”が、高評価だそうで」

 私は、天を仰いだ。

 午後。

 父が執務室に顔を出す。

「レイラ、最近……妙に評判がいいな」

「やめて」

「王宮だけじゃない。貴族たちの間でも、“あの令嬢は違う”と言われている」

「何が“違う”の」

「欲がない、らしい」

 私は眉をひそめた。

「欲はあるわよ。昼寝とお菓子と自由」

「それは欲とは言わん」

 父は苦笑する。

「普通の貴族なら、王宮から声がかかれば飛びつく。立場を固め、影響力を広げようとする」

「……だから私は断ったのよ」

「そこが、逆に印象に残ったらしい」

 最悪だ。

 夕方。

 ロバートが、さらに悪い報告を持ってきた。

「お嬢様、他家の令嬢方から“相談”が増えております」

「え?」

「“どうすれば、あのように振る舞えるのか”と」

 私は椅子から立ち上がった。

「それ、完全に誤解よ!」

「皆さま、“強い信念があるから断れる”と思っておられます」

「ないわ! 面倒だからよ!」

 だが、世間は聞かない。

「お嬢様は、何かを欲しがらないからこそ、他人を支配しない」

「してない」

「だから安心して任せられる」

「任せないで」

 私は、深刻な危機を感じ始めた。

 “働かない人”として確立するはずが、
 “任せても安心な人”として確立しつつある。

 夜。

 私は自室でマーガレットと作戦会議をした。

「このままだと、どうなる?」

「……自然と“まとめ役”にされるかと」

「最悪」

「ですがお嬢様、逆に考えれば」

「何」

「“決断しないまとめ役”という立場もあります」

 私は、ゆっくり瞬きをした。

「……どういうこと?」

「話は聞くが、結論は出さない。
 助言はしないが、否定もしない。
 最終判断は必ず相手に委ねる」

 私は考えた。

 それは――

「何もしないを、極めた形ね」

「はい」

 翌日。

 実験は、すぐに訪れた。

 ある伯爵夫人が、
 領地の経営について相談に来た。

「どうすればよろしいと思われますか?」

 私は、にこやかに答えた。

「選択肢は三つありそうですね」

「では、どれが?」

「……どれを選ばれても、その決断を尊重します」

 沈黙。

「つまり……?」

「ご自身で決めるのが、一番後悔が少ないと思いますわ」

 伯爵夫人は、なぜか感動した。

「……お話しして、頭が整理されました」

 帰り際。

「“答えを押し付けない、稀有な方”だそうです」とロバート。

 私は机に額を打ちつけた。

「評価が逃げない……!」

 その夜、日記に書いた。

『何もしないは、もはや“高度な技術”として扱われている。
 世の中は間違っている』

 だが同時に、ひとつ理解した。

 働かないためには、
 “期待を制御する能力”が必要なのだ。

 私は、これからも制御する。

 答えを出さず。
 決めず。
 背負わず。

 それでも信頼されるなら――

 それはもう、
 私の責任ではない。
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