働かない令嬢は、すでに幸せです  ――婚約破棄? それより紅茶の時間をください

鷹 綾

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第27話 働かない哲学、勝手に講義になる

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第27話 働かない哲学、勝手に講義になる

 その日、私は――
 本気で何もするつもりがなかった。

 朝。
 紅茶。
 焼き菓子。
 日差し良好。

 完璧な「何もしない日」だ。

 ……はずだった。

「お嬢様」

 マーガレットが、
 いつになく神妙な顔をしている。

「本日は……
 王宮からの使者が
 お見えになっております」

「帰って」

「すでに応接室に」

「早すぎる」

 私は観念して、
 ゆっくり立ち上がった。

 応接室には、
 見慣れぬ男性が一人。

 王宮文官――
 どう見ても“記録係”。

「レイラ・フォン・アーデルハイド様」

「はい」

「陛下のご意向により、
 現在、各地で話題となっている
 “アーデルハイド式統治”について
 整理をお願いしたく」

 私は、
 瞬きした。

「……統治?」

「はい」

「誰の?」

「お嬢様の」

 頭を抱えた。

「私、
 統治してません」

「承知しております」

「?」

「“意図していないこと”
 そのものが、
 研究対象です」

 嫌な単語が出た。

「研究」

 文官は、
 極めて真面目に言った。

「現場への過干渉を避け、
 判断を委ね、
 結果のみを受け止める。
 その姿勢が
 多くの領地で参考になると」

「それ、
 全部“面倒だから”なんですが」

 文官はペンを走らせた。

「“動機:倦怠”……
 いえ、
 “過度な責務からの距離”」

「書き換えないで」

 結局、
 一時間。

 私はひたすら
 否定し続けた。

「考えてない」
「狙ってない」
「偶然」
「疲れてただけ」

 なのに。

「……なるほど」
「深い」
「これは示唆的です」

(理解されないって、
 こういうことなのね)

 昼過ぎ。

 文官は満足げに帰っていった。

「大変参考になりました。
 後日、
 簡易講義のお願いを
 差し上げるかもしれません」

「断ります」

 即答した。

 午後。

 父が笑っていた。

「王宮でも話題だ」

「やめて」

「安心しろ。
 無理な役目は押し付けん」

「本当?」

「ああ」

 少し間を置いて。

「ただ、
 “何もしないことの説明”だけ
 求められるかもしれん」

「それ、
 一番難しいやつ」

 夜。

 私は日記に書いた。

『今日、
 何もしない理由を
 説明させられた。
 その時点で、
 もう何もしてないとは
 言えない気がする』

 ペンを置く。

 考える。

(でもまあ……)

 動かなくても、
 巻き込まれるなら。

 せめて、
 疲れない範囲で
 受け流そう。

 私は布団に潜り込み、
 小さく笑った。

「働かないって、
 案外、
 技術職なのね」

 ――明日も、
 何もしない予定である。
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